スポンサーサイト

  • 2009.07.11 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


ジェンネ:いよいよ狂騒のマーケットになってきた 4日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ
手違いでURLが変更になってしまいました。http://dogon1.jugem.jp と1が追加です。

いよいよ佳境に入ってきました。ほぼマーケットはお店で満員となり、太陽はガンガンと照りつけ、お客と、砂埃、人いきれ、・・・・・狂騒です。
人と店でいっぱいになってきました。


強烈な太陽が照りつけ始めます。


大体において、人々はカメラを向けられるのを嫌がりますが、子供は別です。


ああ、これだよ、とつぶやきながら、マーケットの中を歩き回ります。ちょっと頭が麻痺してきます。




ジェンネの月曜マーケット(動画) 4日目 

マーケットが最高潮の頃、古めかしいですがシャープ製エギー(Eggy)を手に持って、ビデオをまわしながら、マーケットの真ん中をウロウロ歩き続けました。

この動画は「You Tube」に登録しました。

下の写真の中の矢印をダブルクリックしてください。少々時間がかかりますので、ちょっとお待ちを。多分、音から聞こえてくるので、更に少々お待ち下さい。2つあります。




ジェンネの宿 公営カンプマン 4日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ

ここの宿は公営のカンプマン(英語で言えばキャンプ、ホテルでいいのでしょうね)。

別館の方で、アラビヤ的な入り口です。

公営なので、かなりましかな、と、思っていましたが、かなり野性的です。
しかし、ちゃんとエアコンはあります。

ブランドはシャープです。この国では(或いはアフリカでは)シャープが多い。

シャワーもあります。
ベッドもあります。蚊帳もあります。

エアコンと蚊帳があれば、一応マラリア対策は万全です。

コンセントもちゃんとあって、携帯と、デジカメなどを充電できます。

当然、240Vなのでトランスで100Vへ。携帯とデジカメを充電中です。

見た感じが荒っぽいだけで、十分高級なのです。

ここで、秋葉で買ってきたお湯とか水でできる御茶漬けを試してみました。
久しぶりのお米の味が、なかなか悪くは無い。

半信半疑で買いましたが、なかなか美味かった。入れ物も無いので、ボトルの半分をはさみで切って使用。


ジェンネの街角  4日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ


いつまでもジェンネに留まるわけにも行かないので、最終回、街角を見ます。

この2枚の写真は、NHKが放映した世界遺産シリーズでのジェンネの紹介です。川の中州のような所にあるジェンネの様子が良くわかります。中央にモスクが見えます。
もの凄い密集地帯だと言うことがわかります。

モスク近辺に寄った画面です。別の画面でしたが、このモスクの中は多くの太い柱が林立していました。

実際に建物の屋上に立つと、泥の家の屋根がびっしりと寄り添っています。

物売りの台が手持ちぶさたです。

SF的な吸い込まれそうなジェンネの細い道、迷路へ。

ちょっとした泥の家の町の交差点の場所です。

大昔、栄えた頃、この島はコーランの一大教育地域だったとのことです。今でも観光的にも子供が勉強しています。

この2枚の写真はちょっと立派な民家ですが、屋根の上に見える像は子供の数を示しています。どうやら、イスラム的な考えなのですが、「子宝を誇っている」と言うよりも「子供が多いので喜捨も多く」と言う意味だ、とアダマは言っています。この家の子供は10人を超えているようです。。

この家の子供は5人と言うわけです。

水辺の塀をバックにしたロバです。ロバは確かに遠慮会釈無く雑役に酷使されています。

ジェンネにお別れですね。

夕食は、「ババ」と言う屋外のレストランで、ジュンベと+αの打楽器だけのバンドをバックに女の子供のダンスを見ながら・・・なかなか、小さいながらかっこ良いダンスです。
費用は、ラム肉+ポテト=3500CFA、ビール大=1000、水=1000、ティー=1000、合計6500CFAでした。

「ジェンネ」から「バンディアガラ」へ 5日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ

朝早く、私たちは起き出して、ブッシュタクシーが待つ場所に急ぐ。昨夜中に、アダマが、予約していた、らしい。
私たちが乗り込むと殆ど直ぐに出発だった。この何となく気に入ったジェンネの街にもおさらばである。

この悠々たるバニ川ともちょっとお別れ。

そうして、元来たフェリーへ。

同じフェリー。

今日は、ジェンネから、来た道を引き返し、分かれ道の交差点を左に曲がり、モプティの近くのセヴァレで乗換え、何とかドゴンの入り口、バンディアガラまで、到着する予定である。約180km。そうして、明日は、待望のドゴン・カントリーへ入り込むのである。

ブルーの線が経路です。モプティの直ぐ近くのセヴァレで乗り換えて、バンディアガラへ向う。

今日は、このブッシュタクシーでセヴァレまで行き、そこで乗り換えてバンディアガラへと、二台のブッシュタクシーを使うという荒業である。
ブッシュ・タクシーは順調に進む、次の乗換えがうまく行くかは不安だが、とりあえず、セヴァレまでは何とか順調らしい、・・・と思ったのは甘かった

かなりのメイン道路を通行中、車は突然そのメイン道路から左へはずれ、土漠の中に入り込み、細い、舗装されていない、しかし確かにある細道をたどり始めたのだ。
何だこれは、と思いながらも、まあいろいろやり方があるのだろう、とか、近道かな、とか思っていたのだが、そのまま小さな部落を数個通り過ぎながら、約30分くらいで、元のメイン道路に帰ったのだった。

「ふーん、やはり近道なのかな。」と思っていたら、突然パトカーに追いかけられ、道路の端に停止を命ぜられた。
そうして、警官と運転手は何やら大声でわめきあい、どうやら問題が生じたらしい。
私も、車から降りて、アダマに聞いた「何が起こったのだ?」
「どうもこの運転手が通行税を払う関門を迂回して、税金逃れをしようとして、捕まったようだ。警官は、元の場所に戻れ、と言っている。」
つまり、あの近道というのは、関門を逃れるためだったのだ。道路には、いろいろ関所があって、税金、か、警察への献金か、小遣い稼ぎか、わからないが、払うシステムなのだ。

アダマは、屋根の上の我々の荷物を降ろしながら、「警官は強行で、元の場所まで帰れ、と主張している。もう直ぐなのに、そんなのに付き合っていたらたまらないので、降りて、別の車か何かを探そう。」と、荷物を持って、我々二人は歩き始める。

そこに、杖をついた老人が、車が止まっている道端に沿ってある人家から出てきて、警官に何かを言い始めた。アダマは、歩き始めるのを止め、様子を見ている。
老人は落ち着き払って、警官と話しをしている。しばらくして、話が終わったらしく、老人は、悠々とそのまま家に入らず道路を歩き始めた、散歩でもするように・・・。
アダマは、荷物を元の屋根の上に返すように言って、再び車に乗り込むように、と言う。
そして、車は走り始める。

「一体、あの老人は何者で、何があったのか?」
「老人は、警官に対し、元に戻るのはお客がいるので迷惑だから、罰金だけで許してやるように交渉したのだ。この国では年寄りの言うことを無下に否定することはできないので、最終的に、罰金だけで許した、と言うわけだ。あの老人は若いころやはりタクシーの運転手をしていたようだ。」との事。
「お礼しなくて良いのか。」
「礼は不要、と言っている。」
悠々と歩く老人はかっこ良い。
そして、再出発。追い越すときにちらっと歩く老人を見たが、我々のバスは一顧だにせず、まっすぐ前を見て、悠々と散歩を楽しんでいる、ように見えた。

それから結構早く、セヴァレに到着した。そんなに遠くでトラぶったわけではなかった、が、歩くと大変だった、はずです。


セヴァレからバンディアガラへ 5日目 

セヴァレに着いて、アダマは、ちょっと待っていてくれ、と言って、どこかに消えた。
私は、そのセヴァレの十字路でぼんやり車と人が流れてゆくのを眺めていた。
相変わらずの赤茶色の道、何か荒れた町並み・・・、いつものアフリカのイメージ。




さて、いよいよ出発だ、として、ブッシュ・タクシーの乗り場に行く、アダマはこれからの旅の準備のために、食物などを購入したようだ。「この辺で野菜など買っておかないと、この先はあまり調達できない。」との事。

ここからのブッシュタクシーはすざまじい詰め込み方だった。

小さな3列のステーションワゴンに、4人+4人+3人の11人(普通は2+3+2=7人)、最後列に私は座ったが、古い車なので両側に車の出っ張りがあって、完全に2人用で、3人には驚異的に狭い。ただ、隣はフランス人の若い女の子。ちゃんと英語で話しかけてくる。


この図は、ジェンネからの場合で、3+4+3、計10人+数人の子供。緑色が私で、黄色がアダマ。


そして一路、バンディアガラへ。ぎゅうぎゅう詰めだが、それなりにスムースに到着。

ホテルは停車場の直ぐ近くで、かなりモダンな感じだ。ホテル「LA FALAISE Bandiagara」。

とにかくモダンな快楽そうなホテルでやはり嬉しい。これから先は厳しいからね。


「これはオプションで別料金だが、一休みしたら、バイクで「サンガ」へ行かないか。有名な場所だ。」
名前は聞いていたし、十分な時間が余っているので、行く事にした。




ソンゴの岩絵を見る 5日目 

ジャズ喫茶行脚
亀の夢の庭へ

オプションの代金は14000CFA(約2800円)だった。
ソンゴは村の名前で、バンディアガラの付近にあるドゴンの村で、岩絵で有名である。
ソンゴ村はバンディアガラの西の北に、そしてドゴンの村々は下から右上へ(崖の下になるが)に多く連なっている。

ちょっと部屋をチェックし、ちょっと休み、チェックインの所のそばでビールを売っていたので、一本オーダーし、飲みながら待っているとアダマがやって来た。

ちゃんと、エアコンと蚊帳がある。

ちょとエロチックな絵も架かっている。

小型(125cc位かな?)のホンダ(?)のバイクを調達してきた。
「バイクは大丈夫か?」といまさら聞くので、
「慣れているけど、いつも運転する側なので、後ろに乗るのはちょっとこわいね。」
「じゃあ、運転するか?」
「いや、いい、後ろに乗る。」
パタパタと走り始める。かなり程度の良い(いわば、普通レベルの)バイクである。快調に飛ばす。
ふと、「どうして俺はこんなところでバイクの後ろに乗って走っているのだろう。」などと哲学的な疑問が浮かび上がってくる。

やがて右手に頭が平ったい台形のような塊が遠くにひょこっと見え始める。

道路からの写真ではないですが、こんな塊がポコッとあります。


ソンゴ村へ 5日目 

ソンゴ村はドゴン族の村です。
ドゴンの特徴の穀物蔵がたくさん見えます。



アダマはどんどん上に上がり、そして有名な、岩絵のところに至る。

ここは村の男の子と成人になるための合宿所、のようなもののようだ。
ここで教育を受け、テストに受かって、ようやく成人として認められると言うわけである。

おもしろい絵です。これは何かと聞くと家だとか、蛇だとか、当たり前の答えが返ってくる。

アダマは、とうとうと説明しまくる。テストの方法はあの木の実を・・・・・などと微に入り細に入り、しゃべりまくって、終わると、「さあ、次に移動。」と言う調子なので、またもや頭に来た。
「ちょっと待て。・・・そばで自分の好きなだけしゃべって、終わったら、次、と言うのはおかしいだろう。おれはゆっくりこの岩絵を見たいのだ。今後はかんたんな説明をして、後は私の質問を待て。」と注文した。






バンディアガラのホテルにはウィスキーがある 5日目

また、とぼとぼとサンガから降りて、バイクの後ろに乗り、パタパタと走って、ホテルに帰ってくる。

このとんがり帽子の小屋は典型的なドゴンの穀物蔵です。

まさかと思ったウィスキー(ジョニ赤)がこのホテルにあるので、嬉しがって買いに行く(もはやビールしか飲めないと思っていた)。
「ウィスキーは幾らだ?」と英語で言っても分からないので、メニューを見せてもらう、1500CFAである(約300円)。
問題はどの位の量がこの金額か、と言うことである。
シングルなのか、ダブルなのか、一合なのか、手振りでもよく相手に分からないので、グラスに手を当てて、・・・この辺?この辺?とやるとようやく分かって、トクトクと入れるので、終わるかな、と思った時、手を添えて、ウィスキービンの底を持ち上げると、彼は大慌てで、止める、ちょっと互いに笑う。互いに笑えばもう、これは、兄弟だ。
「よしっ、OK」と合図して、金を払う、ツケだったか・・・。

この涼しげな中庭は快適。

このホテルはなかなか気持ちよい中庭がある、モダンです。
下のバーにはウィスキーがある、超モダンです。

明日から、とうとうドゴンの地域に突入です。文明地域もこれで終わり(ちょっと言いすぎか・・。)。
明日からは、電気もホテルもない地域に紛れ込むのです。

いよいよ、ドゴンの国へ 6日目 

朝早く集合。昨夜持ち帰ったウィスキーダブルで2杯を飲んでいたので、快眠。

古いメルセデスが迎えに来ている。乗り込む。ゆっくりと町を抜けて、がたがた道をそんなにスピードを出さないで走る。
運転手とアダマはいかにも親しげに、べちゃべちゃ話している。いつも使う車なのだろう。
道は、途中から、全くのむき出しの岩になる。ただ、平らな岩の連続なので、そんなに苦しそうなわけではない。あの、写真で見る崖の上は見るからに平らで、それが全て岩でできていて、その上を崖に向ってひたすら走っている、というわけです。

つまり、この平らな岩の塊の平らな部分の奥の部分から上を走って、あの手前の崖の端に向っているのです。
そうして、谷のような所を選んで、あんな崖を降りるのです。

そうして崖の縁に近くのDourouのカンプマン(宿屋)まで来ました、が、ここで泊まるのではなく、もう少し崖の端まで歩いて、降りて、崖下のドゴンの国に泊まる事になります。外観から見ると、ここにどうやって泊まるのだろう、って感じです(今日は泊まりませんが・・)。

内側に入ると、何かキャンプ場みたいですが、きっちり柱にもドゴンの彫刻がされています。更に言えば、パラボラアンテナがありますね。崖の上にはやはり電気が来て、それなりの文明社会だとわかります。


下の地図の、この青い線の左端がスタートのバンディアガラで、そのまま右に進んで、青い線の右端がこのカンプマン(宿屋)です。ここで車から降りて、しばらく歩いて、崖の端からドゴンの国へ降りて行くのです。今夜の泊まりは、NOMBORI(ノンボリ)です。右に黄色い丸をつけたのが宿泊する村で、(たった)計3泊4日です。NOMBORI(ノンボリ)、TIRELI(ティレリ)、IRELI(イレリ)。
トレッキングと称して、ずーっと村から村へ歩いてゆきます。(横着な人と、時間が無い人は、4輪駆動車でさっと駆け抜けます・・・根本的なものを逃してしまいます、と感じました・・)



ドゴンの国、まずはノンボリ村へ 6日目 

車を降りて、このカンプマンで少し休んで・・・さあ、歩き始めました。
やはり、同じような平らな岩盤の上を、崖の端に向って、さっさ、さっさと歩きます。

この岩盤の大きさには驚かされます。

最初直ぐに小さな村に入り、通過する。
小さな村にも一式の設備がある。

村には必ずある、大きなバオバブを観察し、また必ずあるトグナ(背の低い会議室=立ち上がるほど議論に激昂しないように)を楽しみ、ゆっくり通過する。
かなりでかいバオバブ。幹は木の皮を剥がされている=紐などに使われる。

有名なトグナです。確かに寝そべっていては激昂しないかも・・・。

村を抜け、アダマは途中で、お腹が痛いと言って、「先に行っておいてくれ。」と残して、道を外れていった。
しばらく歩いて、道に迷うとやばいので、大きな石のある(石の上に高く藁が積んである)分かれ道、で待った。
現地でのスケッチ。岩の上に岩がありその上に藁が積まれている。

しばらく待って、やって来て、また、テクテクと歩く。
ようやく、崖下へ降りる降り道に来たようだ。写真ではちょっとわからないが、結構急な谷の中に落ち込んで行く感じです。
ちょっと分かりにくいかもしれない。小さな切れ目ができ、降りてゆく道ができている。



とにかく降りなければならない(四輪駆動車で行く人は、崖は降りないで、ぐるーっと回ってこの崖を避けて、ドゴンの国へ入るのです)。
日本にいる時に、一番心配だったのは、実はマラリアとこの崖の登りに私が耐えられるか、でした。今日は降りですが、降りた以上、最後は登りです。これがちょっと心配。

降りるのは、それ程大変ではありません。石を選びながら降りてゆく。(上るのはかなり大変と思いながら・・・・)
途中、頭の上に果物のいっぱい入った籠を置き、下から上ってくる女性二人とすれ違いました。お母さんと娘さんのようです。かなりの重さを頭に置いているのですが、何の苦も無いように上ってきます。アダマがちょっとお話し。毎日、ここを上って、町で果物を売っているそうです。
私が持っている空のポリボトルを見て、指差しながら「くれないか?」という素振りを見せたので、「いいよ。」と目で言って、渡した。ちょっと喜んで頭の果物を一つくれた。
こんなポリボトルでも、水を蓄えておくのに役立つので、嬉しがるのです。

降り道の途中で開ける所で、ドゴンの国が見える。気持ちが良い。
広々としたドゴンの国ですが、ドゴンの村は崖にへばりつくようにあるのです。







ドゴンの村:ノンボリに泊まる 6日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ

そして始めてのドゴンの村に着きました。
ノンボリです。

崖を降りるとそれ程の距離が無く、ノンボリ村に到着しました。ここまで、下から登ってきました。



とりあえず、導かれたのが、カフェ風のちょっと高いスペースです。
気持ち良い。なかなかの良い場所です。
眺めは抜群です。

ビールを飲んで、靴を脱いで、陰が気持ちよい。風も涼しい。
やっぱり疲れた。ちょっとござの上で寝る。ここまで来て、寝に来たんじゃない、とは思うもののやはり快適。
しばらくここでゴザの上に寝ました。


しばらく寝て、アダマに案内されて、村の奥の方の崖下に行く。


崖には、彼らがピグミーと呼ぶ小型人種が大昔に住んでいた、崖の穴、が見える。ピグミー達は、敵から逃れるために、登れない崖の途中に小さな穴の家を作っていたのです。
穴が良く見えないが、外敵から守るため、とんでもない崖の途中にある。綱で上り下りしていたとの事。

さっきのカフェ風のスペースは後から来た白人中年女二人組にゆずり、今日の寝室は、この小屋の屋上です。この屋上には梯子があり、・・寝ぼけて落っこちちないかなぁ・・・、とちょっと心配。が、楽しい。降るような星が見えるに違いない。
屋上の上には紐が引っ張られていて、蚊帳をつるす事ができるようになっている。
外から見ると、三角形のようになって、その中で寝ます。
ロープが張ってあるとは思わなかった。蚊帳は蚊よりも昆虫よけで、持って来て正解。ドゴンの蚊はマラリヤにはならい、と言う人もいる。

この万能の蚊帳(日本で調達してきた、かなり高い蚊帳です、防虫処理がされていて、蚊がもしこの穴を入ってきても、死んでしまうのです・・・誰かの目撃談だと、ハマダラ蚊はぎりぎりと蚊帳の目をこじ上げて入ってくる程獰猛なのだそうです。


ノンボリに泊まる−夜のダンス 6日目 

夜寝ていると、ダンスとドラムの音が近くで聞こえる。この村でやっているのだ。
ごそごそと起き出して、暗い中危なっかしい梯子を降りて、音がするほうへ向う。
大勢の人が、特に女性が集まり、ドラムが鳴り続ける。
ドゴンのダンスだ、特等席に例の白人中年二人組の女性がおり、その時は気づかなかったが、彼らがお金を払って、夜のダンスを行なったのだ。その時は、単に村のダンスをやっているのだろう、と思った。


その時気づいて良いのだが、実は、私は見る資格が無かったのだ、私のダンスではないのだから・・・。見物すると半分は負担するのが常識だっただろう。
後から聞いたのですが、朝の男ダンス、夜の女ダンス、だそうです。
早速ビデオカメラを向けたのですが、なにしろ安めのビデオなので、画像は殆ど取れず、ただ、ドラムの音と声が聞こえてきます。(矢印をダブルクリックして下さい)


話が前後するのですが、予定では男ダンスをティレリで見るのでしたが、アダマによるとティレリのダンスが現在若手育成のため組織換えしており、元々の組織だと非常に高い金額を要求してきているので、やめて、このノンボリで明朝ダンスを見ることにした、と宣言した。




ドゴンのダンスの始まり 7日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ

夜は、噂の、満天に降るような星を見るはずだったのだが、ちょっと違った。月が崖の向こうから昇ってきて、それまで真っ暗だった空が明るくなり、星も完全に月に負けている。月に文句を言うわけにも行かないので、残念。
まあ、そのまま、普通に寝て、翌朝、いつものアダマ手作りの朝食を食べる。

今朝は待望のドゴンのダンスだ。実は、いまいち、ティレリ村のダンスからこのノンボリのダンスへの変更が納得行っていないのだが、私にはどうしようもない、その真偽を確かめる方法はない。

太鼓の音が聞こえる。アダマが崖ぶちの村を歩きはじめる。太鼓の音がどこかで聞こえる。「こっちだ、こっちだ。」と言って、岩と草の間を抜けるのだが、違う、・・しばらくウロウロして、ようやく広場に出た。

昨日会った村の鍛冶屋、ブラックスミス、は、単に鍛冶屋ではなくて、一種の魔術師的な役割を持っているらしい、その親父がリーダー的に、何か予行演習らしい事をやっている。
前にいる男が村の鍛冶屋。

これは私がお金を払った専用のダンスになる(これが幾らか言うと、オプションなので明確にわかる=CFA72000=大体1万5千円)。でも、例の二人組みの中年白人女性も参加しているのでほっとした。昨夜の状況をアダマに話して、昨夜は彼女らのダンスをただ見した事が分かっていたので、これでお返しできるわけだ。
村人も、村の子供も集まってきている。
村の人々が集まっている。それなりに、ちょっとしたイベントらしい。

そして始まる。

ダンスは続く 7日目 

マリについてなら、このN嬢のブログ
亀の夢の庭」へ

いよいよ、ダンスが始まる。
これは、森の精だ。

全面的にバオバブの樹皮の紐で覆われている。


総勢15名程度のダンサーはすべて村人で、それなりの仕事を割いて、踊りをお客に振舞う。
ダンサーの衣装の最も重要なのはもちろん仮面である。
着ているものの紐でできているようなものはバオバブの樹皮の繊維からできている。バオバブの表面が剥がれているのはこうして紐や綱に使われているからだ。

ダンサーの花形はやはり足の長い竹馬に乗っているかのようなダンサーと、無茶苦茶に長い仮面を冠っているダンサーだ。

かなりな熟練を要する気がする。


この長さで顔につけるマスクなので、結構大変だと思う。かなりな強靭さが必要。

それぞれが当然何かを表し、その役目をダンスで果たす。
ちょっと夢見たダンスなのだが格別の感激は出てこなかった。
この村で、このバックで、このドゴンのダンスは余りにも自然で、ただドラムとダンサーの身振りに見入っていた。
彼らの村の祭りの踊りなのだ。
一々アダマが仮面の意味を教えてくれる。

あの上へ長い仮面は当然非常に重く、それを右に降って仮面の先を地面につけ、今度は左に降って地面につけ、それは大地から生まれ、大地へ帰る自然の掟を表している、との事、何かアジア的ですね。

JUGEMテーマ:旅行



ダンスは続く 7日目 

この長い仮面はシギのマスクと言われる(アダマが正しければ・・)。シギの祭りは60年に一度行なわれる、これはシリウス星が50年周期で波打つ事と大体同調しており、シリウスが連星であること、片方が以上に質量が大きい事などを知っている民族としても有名です(これはいろいろ議論があり、シリウス星人が来たとか、この事を報告した学者の捏造まで、様々です。このシリウスにかかる議論はこの神話の民についての付け足しの話以上のものではない、と思います)。

アダマが描いてくれたイラストです。この長い部分に菱形の穴があり、一番上は東の星、次が西の星、一番下がシリウス星と、アダマは説明する。
60年に一度の祭りは見てみたいが・・・・次は、2027年、との事。


この硬い木でできた長くて重いマスクで、振り回しながら踊る。
地面から地面へ、生は地から生じて、地へ帰る・・。
正に神話の民と言われるドゴン族のダンスです。

これは私が描いた物。地から地へ・・・・かっこ良いですね。ここでは、真実の仮面、と名前が書かれている。

ダンスは続く 7日目 

これはもう一方の代表的な仮面、「カナガのマスク」です。やはり、天と地を表しています。

カナガが何だと言ったか忘れてしまいました。上へ向く部分と下へ向く部分と、その中間が天地とその間の関係を示しています。

そうして、また、重要な生物であるトカゲを表している、ともアダマは言いました。

スカイとグラウンドと書かれています。


脚高のダンサーもこの仮面をかぶっていrた、しかし、この宝貝で縁取られた目を見ていると、魔に魅入られた感じで意識が遠くなる感覚を覚える。あの脚高ダンサーが一歩一歩、この宝貝のマスクを右左に振りながら近づくと、体が動けなくなる感じの魔力を感じるのだ。

じっと見ていると、宝貝のの縁取りと黒い穴がの位置関係がおかしくなり、催眠的な影響を受ける、感じです。


そして、ウサギと鹿の仮面、どっちもウサギと思っていたら、違う、ウサギと鹿なのです。どちらがウサギでどちらが鹿なのか?耳が違うのです。

四角い縦長の穴、その中にまた同じ四角の縦長の穴がある、なんと言う魅力的で不思議なデザインだろう。


そして、森の精・・・これは扮装すると楽しそう。

気が付かなかったが、中は子供か?いや、やはり大人です。


最後は勢ぞろいの写真です。スポンサーである私が中心にいる写真ももちろんありますが、・・・。

皆な村人です。貴重な現金収入のために、仕事を割いて、踊っています。

ちょっと出番を待っている姿がかわいい。

ダンサーの後姿はいつも魅力的だ。

ダンスは終わった 7日目 

ダンスが終わり、かなりの満足感で満たされ、次の地点へ向おうとする。
アダマがちょっとここの連中と話がある、ちょっと待ってくれ、との事なので、村の出口の辺りで、待っている。

村の入り口の建物、ここでアダマがやりあっていた。

なかなかアダマが来ないので、話し合っているはずの場所に近づくと、アダマが結構な大声で怒鳴っている。
様子が全く分からないので、君子危うきに近寄らず、で元の場所に戻って、また待ち始めた。それからかなり時間が経って、ようやく、何か結論が出たらしく、私のほうへ向ってきた。
「さあ、行こう。」
「一体どうしたんだ。随分怒っていたけど・・・。」

アダマの言い分はこうだ、
「彼らは、同じ金額を例の西洋人の二人の女性に要求して受取っていたのだ。これは協定と違う。彼らは、その女性達から取ってはならない。あんたのお金だけが取って良い金なのだ。だから、女性達に金を返せ、と言っていた。いろいろ抵抗していたけれど、最終的には、返した。確認したので大丈夫だ。」
ちょっとアダマを見直した。マリ人の誇りか、ガイドとしての誇りか、いずれにせよ、彼は正しい事をしたようだった。
私だって、昨夜のお返しが出来た、と思っていたのに、お返しにならなかったところだった。サンキュウ、アダマ、と言っておいた。


これがこの村の、宿の、入り口の看板。バオバブと言うらしい、このノンボリに多分もう一生来ないだろうな、と思いつつ。

看板の絵がかわいい。

次の目的地ティレリへ 7日目 Α(發事、これがすごい。

それから、いよいよ出発、次の宿泊地、ティレリです。
この道は、ひたすら、アフリカのドゴンの草原を、ひたすら歩きます。
アダマはトコトコとすたすたと歩き、私はその後を、素直に、そのままの力で歩きます。
左側にいつもあの崖を感じ、崖は常に見えます。時折草が背丈ほどにもなります。
本当に感じたのは、これこそが、私が日本で望んだ事、夢見た事、なのだ、と言うことでした。
草原を、殆ど無心で、すたすたと自然な力で、何気なく、歩いてゆく、・・・無上の喜びが込み上げてくるほどです。・・これなんだよ、アフリカに来ようとしたのは、と明確に認識した瞬間でした。
こんな事が、ドゴンのダンスよりも、大きな泥のモスクよりも、バスで揺られているよりも、素晴らしく感じるのは、ちょっと不思議だけれども、本当です・・・多分。
ならば、旅行の計画を立てる時、四駆で移動することを考えていたのは全くのナンセンスでした、もしそうなら、この最も素晴らしい瞬間はなかったわけですから。

ただ、ただ、すたすたと歩くアダマの後を、すたすたと歩いてゆく。




アダマはすたすたと歩いてゆく。後も振り向かないで。




時々、立派なバオバブの木が現れる。




時折、アダマの姿を見失う。




開けた所にでましたが、これは雨季には川になるところ。




これは学校でした。教室の中では生徒が勉強していました。




また、同じように歩きます。




途中、休もうと、この村に入って行きました。

こうして、熱いので、午前中に2時間くらい歩き、昼食を取って昼寝をして、最熱の時間を避けて、午後の4時くらいから再び歩き始め、夕方に次の宿泊地の村に着きます。

ティレリへ 7日目 А、 8日目  .謄レリにて

それから、少し暑さが緩んできた頃、このランチ場所を出発し、ティレリへ向う。
かなり暗くなっていた。
何となくさびしい宿で、結局、泊り客は私達一組しかいなかった。
Hotel Siguia
Tereli Chez
Moussa Saye
Po:Amae Diere
GljNj Do
とある。
着いて、中庭のソファに座ったが、既に暗くなりつつあった。ここには広場に一つ電球があり、どうやら自動車のバッテリーで動いているようでした。でも、十分暗い。
そこで、財布が無いのに気づき大騒動、結局、座った椅子の足元にあり、安堵。
食事後、そのまま、またも屋根の上に蚊帳を張り、さっさと就寝。
遠くから、ドラムの音が聞こえる。どうやら、ここは村のはずれらしい。
村の中心部の辺りから、ドラムが聞こえ、つまりダンスをしている、と言うことだろう。
アダマを起こして、見に行こうか、とも思ったが、やめた。



またも、建物の屋根の上に蚊帳を張る。これが、快適なのだ。ここでは、両サイドから竿が出ていて、きっちり四角に蚊帳が張れる。





昨夜は暗くて良くわからなかったが、綺麗な宿である。花が咲き、大きなバオバブがある。


次の朝、アダマに尋ねた。
「昨夜、かなり夜遅くまで、ドラムの音が聞こえた。」
アダマの返事は、
「ティレリは3つの区に分かれていて、区毎にダンスもする。今年は収穫も多く、村人自身のための音楽とダンスで、客のオーダーではない。」
「行って見たかったよ。」
「でも暗かったし。」
「不可能だったか?」
「行こうと思えば行けたけど、実際には行かなかった、と言うことだね。」
朝出発前に、村を案内してもらった。
「ここからはダメだ。」と言う結界も確かにある。結界の外から見る
例の三角錐のもの、男の家、バオバブの側の医者の家、女の家、トギナ、また広場はダンスの場でもある。

これ以上は入って行けない。結界が張られているのだ。真ん中にある、上部に白いものがかかっている石の中には、(記憶が定かで無いが)精霊か何かがいて、その上に鶏の生き血がかかっていて、何かをしているのだ(のはずです)。



その時、アダマが描いてくれたスケッチ。上に見える亀のような絵は鶏です。




ここにも結界は張られていて、医者のところだったか、女の家だったか、・・・・。



「いつも、ダンスはティレリと言うけれど、何故だ?」
「ティレリのダンスが優秀だとは、評判だ。サンガのダンスももっと良いと言われているが、サンガは崖の上で電気も通じていて、雰囲気がらしくないね。」

そうして、また、午前十時頃出発。いつも通り、お昼ごろに休息の場所に行き、昼寝をして、午後3,4時に出発して、次の村に到着する予定になる。


ドゴンの挨拶

出発する前に、おもしろいなぁと思って、現場で聞いてみたいな、と考えていたものに、ドゴンの挨拶があります。ドゴンの挨拶は延々と長い、と聞いていました。

あなたはお元気ですか
元気です。
あなたのお父さんはお元気ですか。
元気です。
あなたのお母さんはお元気ですか。
元気です。
あなたの奥さんはお元気ですか?
元気です。
あなたのお姉さんは元気ですか。
元気です。
あなたのお子さんはお元気ですか。
元気です。

と言うように、家族全員の元気を尋ねる、それが一旦終わると、今度は逆に
同様に、尋ねるのだと言う。

「終わらないじゃん。本当か?」と疑っていたのですが、本当でした。
アダマは人に会う度に、そんな挨拶をする。立ち止まって行なったり、そのままやや速度を落としながらも歩きながら行なったり。
そして、それは非常にリズミカルなのです。
最初は、
ウレ ワレ (ハーイ!)=ウレは単数、複数はエレ。
「セオ?」「セオ」=あなたが抜けているようだが、「元気ですか?」「元気です」英語で言えば、Fineです。
「ディ セオ?(お父さんはお元気ですか)」 「セオ(元気です)」
「ナァ セオ?(お母さんはお元気ですか?)」 「セオ」
「ヤナウケ セオ?(奥さんはお元気ですか?)」 「セオ」
「イウケ セオ?(子供さんはお元気ですか?」 「セオ」
(他にも、お姉さんとか、弟とか、おじいさんとか、おばあさんとか、が続いたりして、片方の最後は)
「ア ワー(みんな大丈夫ですね)」で終わる
で、次は、もう一方の方が、同じような挨拶を繰り返すのです。

「もし、元気でなく病気だったらどう言うのだ?」とアダマに聞く、
「セオではなく、ウーと言う。」

そうして、彼らは人に会う度に、そんな挨拶を互いに、非常にリズミカルに、歌うように行なう。
時折、私もやってみると、大受けなのです、当然ですが。

あのセグ・コロのモスクの写真をカバーにしたCDを発見

いつも行く図書館で、本とかCDを見て、今日は借りるものが無いな、と思いつつ、出ようとした時、玄関に近く、「本日返って来た本」とか「新しく入ったCD」とかの棚を何気なく見たところ、「新しく入ったCD」のところにアフリカ系の音楽のCDがあったので、手にとって見ました。
驚いた事に、タイトルの名前は「セグ・ブルー」。セグと言えば、マリの都市で、今回も2日目ころに入った都市です。「これは?」と思って、手にとって見ると、まさしくセグ出身のバンドでした。


いかにもアフリカンのバンド

しかも、さすがにセグーだけあって、CDに使っているのが、セグ・コロ(オールドセグー)であり、私の感動したモスクと巨大なバオバブの写真がアルバムに使われています。
このブログの右の[Categories]にある、「セグ」を見てください(3日目の─↓にあります)。


まずこれは、アルバムの中の王様のお墓の写真です。


これが私が撮った写真です。



これはアルバムの写真。


アルバムの右に見える、これは私が撮った大きな木。


アルバムの写真の中心にある、そしてこれが、カミさん大受けの、愛らしいモスク。

うーん、何と言う奇遇・・・当然借りて帰りました。


余り見たことないですが、これが彼らの楽器。



続きになりますが、前回のセグのバンドがNHKのBSに出ていた

JUGEMテーマ:旅行

昨日、2008年8月16日BS2で「世紀の歌声、東アフリカ・推定95歳の歌姫」の番組があったので、内容はよくわからないが録画し、本日朝早くそれを見ました。この主人公であるビ・キドゥデ(ヒルデばあさん)は若いころから歌い始め、今推定95歳(自称113歳)でも、ワールドミュージックの第一線で歌っているという、すごいばあさんなのですが、この歌が素晴らしい、ビリーホリデイに負けない偉大な歌手である(もちろんアフリカとアラブとヨーロッパとアジアが混じったバックのバンドの面白さとのミックスである:ここでは日本の大正琴が定番の楽器です)。


何という説得力のある歌だろう。ビリーホリデイやアマリヤ・ロドリゲスのように。

が、本題はそれではなく、この歌手が住むザンジバル(アフリカの右端の辺りタンザニアが海に面しているところ、一度行ったことがある、昔からインド洋の基点として、アフリカとアラブとアジアの混ざり合った魅力的な地域である)の毎年2月行われる「サウティ・ザ・ブサラ音楽祭」に毎年のことだが招待され参加した時の話である。ヒルデばあさんが出番前、他のバンドを聞いていた時、良いバンドだとしてばあさんはおひねりをあげるのだが、そのバンドが前回紹介したマリのセグのバンドだった。あのアルバムは、昨年のイヤー・オブ・ザ・ワールド・ミュージックを取ったというワールドミュージック界、今最高の注目バンドだそうです。
写真に写っている4人組に女性の若い歌手が加わり、ヒルデばあさんはステージの上の歌手を呼んで耳打ちする。ヒルデばあさんが「良い歌手だ」と認めたのであろう、助言をするのだ。


踊らないで歌えとも言っているのだろうか。

1.歌手は遊びでやってはだめだよ。
2.偉大な歌手はうろうろしながら歌ってはだめだ、一箇所に決めて歌え。
実は、ばあさんのスワヒリ語を若い歌手はわからないのだが、敬意を表して、うなずき、テレビは「意が通じたのか、先ほどとは異なり、歌手は一箇所で踊りながら歌っている」と言っている。
でも、すごいのはこのヒルデばあさんの歌である。まさに、ビリーホリデイと同等の説得力があるのだ、是非。



8日目 ◆.謄レリ出発、午睡のオアシスへ

JUGEMテーマ:旅行

3回ほど、横道にそれました。旅の続きです。

ティレリの我々の宿を出発して、歩き始めると、昨夜遅くまで太鼓が聞こえてきた村の方を通ります、また、今日も朝からドラムの音が聞こえ、ダンスを行なっている様子が推察されます。
そして、他の村の入り口にはバスが止まり、団体客が乗り込んでいます。このような集団では、ダンスが少々高かろうと、問題ありません(1回の価格は1人でも100人でも同じです)。でも、やはり、バスでゆっくり来て、ダンスを見て帰る、旅には疑問をいだかざるを得ません。
そうして、村を離れ、また、テクテク、テクテク、と草原を歩きます。
やがて、本日のランチ、休息場所にやって来ました。崖の下の村ではなく、平地に広がるオアシスのような場所です。こんな所もあるのだ、まるで、砂漠のオアシスの感じです。
(何しろドゴンの地域を抜けるまで、充電できる設備が皆無なので、カメラの電池の限りなので、カメラで撮る枚数を極力少なくしています。電池に対して考えが甘かったです。)


実際はもっと緑が多くて、横になれる椅子があって、ビールを飲みながら、うとうとと木陰で昼寝をしました。写真がこの一枚だけでした。

ここには、木陰とゆったりした椅子があり、暑さが少しおさまるまで、昼寝をしたりして過ごします。
お土産なども売っていて、このドアもその一つです(ちょっと持って帰れない)。
このドアは一般的に良く見かけるものですが、そもそものドゴンの成り立ちを表しています。


アダマから聞いた話は、次の通りです(ちょっとうろ覚えで、扉の絵と合っていない?)。
8世紀エジプトから4人のドゴン祖先がガーナ帝国へ移動し住んだが、ガーナ帝国では年に1人の処女を捧げるので、それが嫌で脱出、バマコの近くのマテディに至る。そこでも規則が変わって、従わないなら出て行けとのことで、40年ほど住んでいたが出て行く。
そうしてドゴンへ来た。
もっと長い話があったのですが、そして、扉の絵の一つ一つにその理由とお話しがあったのですが、メモしたのは以上でした。




8日目  ティレリ出発、今日の寝場所イレリへ

そのオアシスを離れて、本日の寝場所の村に行く。イレリ。
ここは、大きな村、或いは大きな宿だった。

たくさんの旅行者が集まり、例えばバスツアーの人々もこの宿に泊まっている。
多分、80−100人が泊まっているのではないだろうか。
またも、嬉しい事に屋根無しのスペースに蚊帳を張れた、しかも、入り口から宿に入って来る階段の途中から右手に伸びてポコッとできた一人用のスペースで、楽しい。
シャワーまである!!シャワーは4室くらいが区切ってあって、上には大きなポリタンクがあって、そこから、コックをひねると自然落下で水が落ちてくる。
しかも、夕食時には、テーブルに山小屋のようにランタンが置いてあって、ここは結構プロの宿、と言う感じです。(ここで初めて気づいたのだけれど、油とかろうそくを使ったランタン風の明かりをどうして他の宿も使わないのだろう)


ここの写真が殆どありません。きっと、明日からの旅に備えて、電池を節約したのでしょう。
これはトグナです。どの村にも必ずある、激昂して立ち上がらないように天井を低くした会議室です。

ここで、せっかくドゴンへ来て、もう明日はこのドゴンの平原から崖上の文明国に帰るのだから、もう一度ドゴンダンスが見たい、と思い始めた。
で、アダマにその旨言うと、「わかった、アレンジする。」

「OKだ、ダンスの定価は6万CFAで、今晩手付けで半分の3万CFAを払い、明朝ダンスが終わって、更に残りの3万CFAを払うことになる。」
アダマは迂闊にもダンスの現地値段を出してしまったようだ。最初、日本からこのエージェンシーと価格交渉して、ダンスは約7万5千CFAだったので、今回定価として6万CFAとの事なので、約25%のコミッションを取っていたことになる。この6万CFAにも普通ならコミッションが入っているはずなので、アダマが幾ら取ったのか知れ無いが、もっとコミッションを取っていたのかわからない。
でも、そんな事はどうでも良い、とにかくたかが13000−15000円で村のダンスが楽しめるのだから。



JUGEMテーマ:旅行



9日目  .ぅ譽蠅離瀬鵐

JUGEMテーマ:旅行


昨夜、30000CFAを支払って、今朝はこのイレリ村のダンスが見られる。終わったら更に30000CFAを支払う事になっています。
朝早く、地平線から太陽が出るところを狙ってみました。


地平線ってほとんど日本にはないからね。

朝8時から、と言うので、アダマと共に、この村を出発する準備をして、広場に向った。
広場に行くとまだ誰もいないが、取り仕切りの男に、どこから見るかを尋ねられました。
既に朝日は厳しく広場に照り付けていて、少し高い所にあるトグナか、広場にところどころある日陰か、どちらが良いか、と言うわけです。
また、時々下に降りれば良いや、と考え、トグナを選ぶ。
ところが、8時を過ぎてもダンスが始まらない。
アダマが報告に来た。
「7時半には準備が出来たのだが、ダンスのチーフが急病になり、今治療中なので待って欲しい、と言っている。」
待っている内に、西洋人の団体が、しかも2団体が広場に来て、かなりの大集団で、一緒に見られると、雰囲気が台無しだ。
が、こんどはその団体が去るのを待つ、と言うのでさらに遅れる。

やっと始まる。





そして、始まったが、正直、少々せこかった。人数が少し少ないし、あの長いシギのマスクがいないし、時間が短いし、「うーん、ちょっとね。」と言う感じです。



この上に見えるトグナから見ていました。

が、まあ、ドゴン2度目のダンスを見る、と言うのに意味がある、ので、あまり問題とは思っていない。
ダンスが終わって、村の代表が、謝りに来た。
「今は穀物の借り入れ時期で、基本的にダンスに参加できる人数が少ない、さらにチーフの急病でその看護に人手を取られて更に少なくなり、今回はダンサーが少なくなってしまった、大変申し訳ない。」との事。
まあ、ワンチャンスだから、そんな事もあるさ、ちゃんと、村長らしい年寄りが生真面目な顔をして、謝りに来てくれたので、その律儀さでOKです。
そうして、そのまま、崖の方へ向い、この崖を登って、ドゴン地区から去って、崖上の文明社会に復帰する事になります。

9日目 ◆.ぅ譽蠅ら崖を登って文明社会へ

JUGEMテーマ:旅行

ダンスが終わってそのまま、崖を登って、崖の上の文明社会へ復帰する。
あまり、道はない、大きな岩がある、岩をグルッと回ったり、あるかないかの細いスペースをひやひやしながら、登る。右側はそのまま下に落っこちてゆく。



振り返って今来た道を撮ったところです。

ちょっと怖いが、それほどのところではない。でも油断すると危ないかも。
体力的には、最初降りたノンボリを登るより、多分楽でしょう。



9日目  崖を上って、・・ :神話と青い狐

JUGEMテーマ:旅行

崖を昇り切ってすぐ、例の、うわさに聞いた、青い狐の足跡うらないの現場が見えました。このように地面を四角く区切り、餌を撒いて、翌朝そこに来た狐の足跡によってうらないをする、のです。



まさしくこれが青い狐のうらないである。

この狐というのは、ドゴンにおいては単なる狐ではないのです。ドゴンの神話の創世記辺りに登場します。全宇宙に初めから存在していたアンマがフォニオ(今でも存在する小さな実の穀物)を作り、そして最初に二重の胎盤の上に創った4匹の言葉を与えられたなまず=人間の形象をしたもの、の内の一匹、月足らずで生まれ出たオゴのなれの果ての姿なのです。



オゴが天上からの脱出に使用した箱舟。2つある内の1つの胎盤で出来ている。

オゴが創られた時、続いてアンマから与えられるはずの双子の妹・妻を待ちきれず、胎盤などに探しに行き胎盤を荒らし、また胎盤の一つを箱舟として使って天上から地上に脱出し、胎盤を大地に変えてもらい、更に大地の中に妹・妻を探す。それは最初の畑であり、また胎盤の大地を探るのは母との近親相姦であり、アンマの失敗作アカシアの種(シュールですね)と共に・・・・と壮大な神話を書き出すと大変ですので、止めますが、とにかくオゴは、アンマの失敗作アカシアの種と共に、地上を荒廃させ、不浄な品種を出現させ、最初の死を創り、でアンマは地上を刷新し、新しい地上を作ることを決意する。
その際、オゴはユルグという一種の狐(これが青い狐)に変えさせられ、言葉を失い、足跡だけで、神の秘密を人間に漏らすうらないを行うようになった。
もちろんドゴンの神話がわかっているわけではありませんが、非常に複雑に絡み合い、すべての成り立ちを説明しようとしているのはわかります。
両性具有から雌雄の分離へ、天上から地上へ、耕作の起源、割礼の起源、死の起源などなど、世界の成り立ちがストーリーが進むに従い、説明付けられます。
で、これがそのユルグの狐の占いです。

9日目  崖上のサンガ

JUGEMテーマ:旅行

この崖上から次の町サンガへ歩きました。サンガでは、アダマが車を手配しているはずで、今日はサンガからバンディアガラへ、そしてブッシュタクシーを捕まえて、モプティまで一気に行く予定です。

サンガは有名な地で、このブログの冒頭で紹介した有名な本、「青い狐」のベースになっている民俗学的調査はこのサンガ及びその周辺の地域が主になっている。


まるでダリの絵のよう。

また、アダマに言わせれば、ここのダンスがティレリよりも良い、との評価であり、崖の上だから、何となく落ちる、と言うものではなく、ただやはり文明的な電気の供給などで事情は異なる事になっているのだろう。

さすがにサンガは強烈だった。
まず、これはオゴンの家。写真を撮ることが許されなかった(或いは金が必要だったからだったか?)ので、スケッチしたもの。丸で悪魔の家のような感じである。



オゴンの家である。

オゴンとはかなり難しいのですが、昔からの村の結束の象徴のような存在、或いは宗教的な長、の気がします。
皆に選ばれた人で、生涯独身で暮らし、一生風呂(と言うかシャワーなど)に入らないで、1人の女が世話をして食事などを供給する。争いごとなどを調停していたと聞いたはずです。ティレリで、アダマに連れられて、村のオゴンの住む家まで、崖の下辺りだったが行った事があります。小さな3畳くらいの四方が開放された家に住んでいて、にこにこした人当たりの良い老人が1人座っていた、生涯独身を通さなければならないオゴンはちょっとかわいそうな感じがした。


これは何だったか?これこそまるで悪魔の家ですね。


サンガの建物はおもしろく、でも残念ながら余りゆっくりしておられず、出発せざるを得ませんでした。



呪い師、だったか、医者だったか、同じかな、窓みたいな出っ張りの棚にはいろいろな薬がおいてある。




これもお医者かも・・。




いやー、魅惑的な家ですね。




この写真を撮った理由は、サンガの町なのだが中央に小さく見えるバオバブは実は今まで見たうちで最大のものだったので・・・。





9日目 ぁ.汽鵐のおみやげ屋

JUGEMテーマ:旅行

こうやってサンガをうろうろしながら、アダマが雇ったはずの車を待つ。
アダマはサンガのはずれにある土産屋に連れて行く。
気に入ったら買え、いやだったら止めろ、がアダマの公式な見解である。(つまり、俺はお前に買わせようとしているのではない、と言うことです。)
じっくり見ていると少し気に入ったものが発見されてくる。
これは幾らだ?と天秤のような金属の人形を示す、ととんでもない数字が飛んできた。



おもしろいデザインです。
本当にテリムが作ったものかはもちろんわからない。



「これはテリム族が作ったものだ」テリムと言うのはこのドゴンが来る前に。外敵から防御するために、この断崖の垂直な壁に穴を掘って住んでいた別名ピグミー(小型人種であのピグミーとは違う、はず)である。だから古いのだ、と言っている。
はっきり覚えていないが10万CFA(約2万円)近かったと思う、首をすくめて、離れると、「幾らなら買うか言ってくれ」と迫る。
でも私には「5千CFA(約1000円)」という勇気はない。もういいや、と言う感じでいると、アダマが問う、「幾らなら買うのか?」
「5千CFAレベルだから、言えない。」
「言ってみれば良いよ。」
「ちょっと安すぎるだろう。失礼すぎると思う。」
「大丈夫だよ。言ってみれば。」
「じゃあ、5千CFA。」通常は半分からスタートするのが掟だが。
売手は少しの間黙っていた、私は怒りだすのではないかと思ったが、そのまま待つ。
彼は、いろいろ来た道、行く末を考えて結論を出したらしい「1万CFA」
「OK、いいよ。」で1万CFA(約2千円)・・・私も甘い人間に違いない、1万CFAでも敵の予想どおりかもしれない。
次の店に行くと、仮面が多い、ここには実物大と異なって、飾り用的な小さな仮面がありしかもそれは実用品でない、デザインが施されているように見えた。



なかなかのデザインだと思う。
ウサギベースだが、色使いもかっこよい。

なかなか格好良い、これは誰がデザインしたのか?と聞く、「自分である」と答える、おみやげやの親父と思っていたので、「あなたはデザイナーとか彫刻家なのか?」「そうだ」と答える、「どうして仮面などをデザインして彫るのか?」
結局彼は本物の仮面を彫る人間で、余暇に飾り用の仮面を作り自分の店で売っているという訳だ。
もう一つ、同じような大きさで牛の仮面も良かったのだが、何故か買わなかった。
それと、村のおばさんたちがつくるゴム草履などから作る人形を買った、


大体において、ゴム草履とか、車のタイヤを割いて、村のおばさんたちが作るダンサー達。
何かユーモラスでおもしろい。
2個で5000CFA。


ようやく、車が来たらしい、びっくり・・・乗用車ではなくかなり大きな小型バスである、と言うか人と荷物を運ぶ小型バス並みに大きな車だ。


calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM