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  • 2009.07.11 Saturday
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バスの中は黒人一色  3日目 

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完全に満員で、更に乗客の荷物が床などに置かれているので、シンプルに歩ける状態ではない。(私の緑のバッグはアダマの近くの床に置いたのだが、その上からも何か重そうなにもつが置かれ、アダマに指差して、荷物を何とかしてくれと目で頼むと、ちゃんと下から掘り出して、重石のない状態にしてくれた。)



さすがに、私を除いて、全てが黒人である。他に、東洋人も、西洋人も、いない。なかなか爽快である。
バス停に止まるたびに物売りが入ってくる。前扉からも、後ろ扉からも。通路は歩けるような状態ではないが、無理やり足で隙間をこじ開け、侵入してくる。あるいは、リレー式に乗客が売り子から渡された荷物を次々に渡し、お金も次々に渡され、つり銭も次々に渡される、ひとつの乗客相互協力のルールがあるようだ。

たいしたトラブルもなく我々のバスは約3時間半でセグーに着く。狭い席で窮屈なのだけが問題だったが・・・。

直ちに、予約していたホテルに行く、構えはなかなかモダンに見える。
 上は屋上レストランでパラソルが見える。

早速、セグー観光 3日目 

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ホテルの部屋はこじんまりとはしているが、近代ホテルそのもので、エヤコン付き、快適です(部屋の内部写真が無い・・おかしいなぁ・・・)。
ホテルDjoliba(ジョリーバ?)、入り口を入ると直ぐに長いカウンターがあり、その3分の1がホテルフロント、残りがバーになっていて、便利。すぐにビール(フランス風でビエール)を頼んでしまう。

アダマは「これから直ぐにセグーを観光する事になっているが、行くか?或いは休むか?」と聞くので、「行くよ。」と答える。タクシーを捕まえて来て、出発。
どこに行くのか良く知らないが(後で予定表を見るとちゃんと書いてある、染物アトリエとマスクなどの展示場)、とにかく一緒に出かける。大体の日程は、どこかを巡って、ランチを取り、またどこかを巡って帰ってくる、というもの。ホテルの近くには船着場があり、近くで漁などもしていて、その辺の散策は帰ってからすれば良い、という感じです。
まずは有名な染物工場に行く、と言う。何も考えないで付いてゆく。

染料は主として植物から抽出し、干すのは裏の空き地です。


染物では、特有の基本的なシンボリックな模様があるのを知った。
一本の線、二本の線、ファミリーのマーク、交差点のマーク。

 小さな布に「X」の模様を染めてもらったのですが、ちょっと行方不明。


一本線は細い道、二本線は広い道、Xは道の交わっている場所、花模様はファミリーを示している、との事(少し記憶が曖昧ですが・・・)

この「X」の交差点のマークで聞いた話は、昔アメリカのブルースの話を聞いた時の、ブルースの根本的イメージの一つである「道の交わるところ」のコミュニケーションの場、についてのストーリーと同じだった。やはりこのブルースの話もアフリカにルーツを持っているのだ。この辺りを含めて西アフリカからは多くの黒人が奴隷としてアメリカに連れて行かれたが、この交差点の話を聞き、まさしくブルースへ、またジャズへ結びつくのを実感する。
道の交差点に薬草を置いておいて他の人の病気の治療に役立てる、或いはここに病気の人がいる事を記して、誰かがヘルプする、など、道の交わりは基本的な人の交わる所、関係しあう所のシンボルです。ブルースの根本的イメージ、道が交わる所。

染料工場の横にあったサッカーゲーム、有料だそうです、良く見かけます。




セグー:ランチ 3日目 

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染物屋終わって、ちょうどランチ時間。
タクシーを呼んで、あるレストランへ、どうやら知り合いらしい、良くあるパターンだけれども、別に悪くなければOKである。
まあ、まっとうなレベルのレストラン、ランチメニューで、ライスに肉の入った煮込み状のものをかけた最もポピュラーなメニュー。
悪くはないです。
壁には、ジュンネなどのタペストリーがかけてあって、テレビもある。
アダマも同じメニュー。
ビールも飲ませていただいていい気分。

 タペストリーはジュンネのモスクとどこかのモスク。


それから、次は、この街で年1回行われるお祭りで使うマスクや人形などを展示しているミュージアムに行く、との事である。
ニジェール川の畔にある。

ニジェール河は気持ちよい。


その畔にモスク風な建物がある。





なかなかの迫力、マスク、人形 3日目 

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このミュージアムはなかなか快適な場所にあって、フェスティバルで使うマスク、かぶりもの人形などを展示している。かなり、おもしろい。

屋外の展示と屋内の展示に分かれる。


かなりの迫力。


ちょっとこわい、かな。


かぶり人形がずらり。


マスク(?)です。


河を眺めながらの涼しい休憩所、気持ちよい。


また、タクシーを捕まえて(通りすがりは無く、携帯で一生懸命連絡していた)ホテルに帰り、アダマの言うには「本日の観光として、渡されている金はここまでである。他にも見るべきところはあるが、その場合はプラスの金を払ってもらう必要がある。」
と、言う事で、私は少々休憩する事とし、アダマは明日のバス、このセグーからジュンネに向うバスのチケットの確保に行くことになった、「さっさと行って、確保してくれ。」

私はそのままニジェール川のほとりに向う。セグーの紹介の写真には常に出てくる「ニジェール川のあるセグー」として、船とか漁とかの写真が使われる。
平和な風景です。





ぶらぶらしてホテルへ帰還。

これは!オールド・セグー、昔の王国がある 3日目 

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ホテル入り口のカウンターでまたもや「ビエール」と叫びながら、ビールを頼み、セグーについて余り勉強しなかった事を反省し、今更ながら、名だたる「Lonely planet(これは特に世界の辺境地区には有用な定評ある英語ガイドブック)=略称 ロンプラ」を読み始める。と言っても、この本は分厚くすべての西アフリカを網羅しているので、共通の重要な箇所と、マリのページだけをコピーして持って来ている。

西アフリカ編である。


泥の染物屋も、フェスティバルの仮面などのミュジアムもちゃんと書いてある。ジュンネ、とかドゴンだけに頭が行き、セグーを単に通過点と見ている不遜な考え方が、確かにある。「全ての過程が、旅である」、と誰かも言った、はずである。
染物屋では、アフリカから、ブルース、ジャズにつながる、クロスロードの概念を再認識したではないか・・・。

と、ピンとくる記述を発見した。

「歴史的な美しい村、セグー・コロ(コロとは古いと言う意)」
「18世紀の王国の跡」
バンバラ建築と古のモスク」

・・・これは行かなくてはいけないのではないか!?

アダマはいないけれど、ぐずぐずしていては夜になるので、カウンターのおじさんに聞く、「セグー・コロに行きたいが、どうすれば良いか?」で、彼がタクシー+ガイドを呼んでくれた。取あえず価格交渉。私がちょっと数字を見間違えていて、約2000CFAくらいと思ってしまっていたので、手配師が言った「2万CFA]には頭に来て、「2千」にしろ、などと叫んで話は決裂・・・後で気づいたが、既に手配師はいなくなっている・・・困ったなあと思っていると、明日のバス切符の手配から、アダマが帰ってきた。
「セグー・コロに行きたい。」・・と、アダマは早速今日良く使っていたタクシーを呼び出したが、そこに先ほどの手配師が登場してきて、アダマと大声で話している。
良くわからないが、結局、どうやら、何らかの取り分を手配師にやる事にしたようだ。
本当は、もっと値切って、安くする事は可能だと思ったが、どんどん暗くなるので、そこは涙を呑んで、2万CFA(4千円)で手を打ち(その時、あの手配師がニヤっと笑った!悔しい、奴の言い値で決まってしまった=奴はきっと1万5千−1万の間で決まると思っていたに違いない・・たかが千円の違いだが悔しい)、さっさと出発。

<本日の教訓1=旅に単なる通過点はない>
<本日の教訓2=数字は間違えるな>

美しい村・・・・・何てカッコ良いモスク・・・3日目 

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だんだんと暮れ始めている。街から9キロと言う村へ一目散。
「えっ、こんな所・・・?」と荒れた土地を見ているうちにいつの間にかタクシーは村に入っていった。

その辺をぶらぶらしている村人に運ちゃんが何か聞きながら、タクシーは村の中をゆっくり進む。
やがて、一本の木の下にタクシーが止まり、我々は降りる。
「まず、村長に会いに行って、礼金を渡して、許可を得る。」とアダマが言う。

そうして、村の中の迷路をぐるぐると回りながら、村長の家に着く。王家の子孫である。奥さんは三人いるとの事。



その一人の奥さんが家の門に出てくる、さすが、なかなかの美人だ。
我々は、奥に入り、かなり年老いた、正直言うとヨボヨボした老人にアダマより礼金を払い、握手をして入村の許可を得る。

村長の家を出て、すぐに村の中の大きな道に出会う。王朝時代は馬車が走っていたとの事、この道を見ると、王国の時代を信じる事ができる、立派な馬車道だ(馬はいたのか?)。

なんて立派な道だろう。


村の細い道を巡りながら、進む、時々アダマが解説を入れる。
「これは前の王様のお墓である。」
なかなか趣のあるお墓だ。



村の重要交差路には大きな木があった、だが、今は倒れ、でもその痕跡は残っている。



やがて偉大なる河、ニジェール川のほとりに近づいてゆく。



大きな、バオバブの木の周りで子供達が遊んでいる。




そして、このなんとも魅力的なモスクは何だ!おとぎの国のようだ。






夕暮れの美しい村 3日目 

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このモスクは小柄で、あの大きなバオバブの木のそばにある。
横からも、後からも、魅力的で、美しい。







河の方面は、どんどん暮れて行く。水辺の美しさも抜群だ。



アダマは向こうに見える大きな木の謂れについて、延々と話し始めた。王家と戦争と向こうに見える大きな木の物語である。



アダマの知識の豊富さは良くわかるが、私にとってはその歴史物語より、今ここで暮れて行く村の美しさ、河の美しさ、生活の美しさを味わう方がよほど大切なので、アダマが大声で説明している中、徐々に離れて、川辺の方に行く。
アダマは意地になって(?)、徐々に離れてゆく私に聞こえるように、段々と大声を張り上げ、最後は叫ぶように語りながら、決して止めようとはしなかった、ガイド魂の発揮ですね。
水辺でも、遠くで、(もはや誰に聞かせようとしているかは不明だが)ずーっと叫び続けているアダマの声が聞こえる。

心休まる、小さな村の川辺の夕暮れである。

そしてすっかり暮れてしまった。






セグーの夜:アダマを責める 3日目 

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我々はもうとっぷり暮れた頃、ホテルに到着した。

アダマは「夕食はランチを食べたところでどうだ?」と聞く、またお友達のところだな、と思ったが、「ホテルが良いよ。」と軽く断る。
このホテルの売り物は屋上に作ってあるピザ・レストランであるようだ。立派な(?)窯が出来ていて、ほぼピザ専門だ。ホテルの玄関の部分の屋上がレストランである。

昼間の写真ですが、屋上からパラソルがのぞいています。ここにピザのレストランがあります。


何しろ屋外なので、丁寧に蚊避けのスプレイをしっかりかけて・・・・。
私はピザにビール、アダマはスパゲッティ風(?)かな、上にかけるタイプの皿を注文し、酒は飲まない、モスレムだから。

少し落ち着いて、おもむろに切り出した。朝の彼の失態をついて、雇い主である私の威厳を示す事が必要だ、なめられたら、ずっとなめられるかも知れない。何しろ敵は12歳から外人相手のガイドをしていると言う超ベテランである。日本人は5−6年ぶりとの事で、大体欧米人の相手で、英語がしゃべれることで、幅は広いはず。大体において、欧米人は厳しく、日本人(或いはアジア人)は甘い、のが相場である、それは真実だ、それも日本人の特徴だし、良い所でも、悪いところでもある。

私が述べたのは、次の点である。
1.基本的にバスがいつから乗り始めるとか、前か後ろかなど基本がわかっていないのではないか?
2.朝食に行くのは良いが、バスの様子をいつも見られる範囲で食事すべきではないか?
3.客に荷物を預けて、遅れてしまうのはガイドとして失態である。
4.しかも、それをちゃんとは謝っていない。
一応うなずきながら、ところどころ謝りながら、自覚はしているようだ。

ちょっと食い散らかしていますが、ピザはちゃんとうまい。



「お前さんの親父は何歳だ?」と私が聞く。
「62−3歳になる。」
「俺はお前の親父と同じような年なのは知っているよな。もっとチャンと丁寧に扱え。」

「あなたが私に対して非常に気分を害しているのはわかった。わるかったと思う。今後は一切貴方の気分を害さないように十分注意する。」
と言うことで、一件落着となった。
欧米人相手が長いので、謝らないのかもしれないと思っていたが、けっこうすっきりと謝り、素直な反応だったので、安心した。これからも、楽しく旅が続けられそうだ。

突如、下の道を軍隊の格好をした大集団(もちろん5-6列で整然としている)が現れ、右から左へ、歩いて来た。もの凄く長い隊列だ。延々とその隊列は切れない。時間は計っていないが、2-30分、途切れない、まるでありの軍隊のように、後から後から続き、信じられないくらい長い間続いた。
「これは何だ?」
「軍隊の夜間の行進演習だろう。」

<本日の教訓・知識1>ピザはどこでも安心して食べられる食物である。
<本日の教訓・知識2>これまで接したマリ人から見て、うわさ通り、マリ人は温和で素直な人種のようである、とりあえず信用してよい。




続きになりますが、前回のセグのバンドがNHKのBSに出ていた

JUGEMテーマ:旅行

昨日、2008年8月16日BS2で「世紀の歌声、東アフリカ・推定95歳の歌姫」の番組があったので、内容はよくわからないが録画し、本日朝早くそれを見ました。この主人公であるビ・キドゥデ(ヒルデばあさん)は若いころから歌い始め、今推定95歳(自称113歳)でも、ワールドミュージックの第一線で歌っているという、すごいばあさんなのですが、この歌が素晴らしい、ビリーホリデイに負けない偉大な歌手である(もちろんアフリカとアラブとヨーロッパとアジアが混じったバックのバンドの面白さとのミックスである:ここでは日本の大正琴が定番の楽器です)。


何という説得力のある歌だろう。ビリーホリデイやアマリヤ・ロドリゲスのように。

が、本題はそれではなく、この歌手が住むザンジバル(アフリカの右端の辺りタンザニアが海に面しているところ、一度行ったことがある、昔からインド洋の基点として、アフリカとアラブとアジアの混ざり合った魅力的な地域である)の毎年2月行われる「サウティ・ザ・ブサラ音楽祭」に毎年のことだが招待され参加した時の話である。ヒルデばあさんが出番前、他のバンドを聞いていた時、良いバンドだとしてばあさんはおひねりをあげるのだが、そのバンドが前回紹介したマリのセグのバンドだった。あのアルバムは、昨年のイヤー・オブ・ザ・ワールド・ミュージックを取ったというワールドミュージック界、今最高の注目バンドだそうです。
写真に写っている4人組に女性の若い歌手が加わり、ヒルデばあさんはステージの上の歌手を呼んで耳打ちする。ヒルデばあさんが「良い歌手だ」と認めたのであろう、助言をするのだ。


踊らないで歌えとも言っているのだろうか。

1.歌手は遊びでやってはだめだよ。
2.偉大な歌手はうろうろしながら歌ってはだめだ、一箇所に決めて歌え。
実は、ばあさんのスワヒリ語を若い歌手はわからないのだが、敬意を表して、うなずき、テレビは「意が通じたのか、先ほどとは異なり、歌手は一箇所で踊りながら歌っている」と言っている。
でも、すごいのはこのヒルデばあさんの歌である。まさに、ビリーホリデイと同等の説得力があるのだ、是非。



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