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  • 2009.07.11 Saturday
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マリのドゴン族の村に行くことにしました

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数年前から、頭にこびりつき始めた、アフリカ、マリ国、ドゴン族の村に、やはり、行くことにしました。
60歳になって退職し、いろいろ迷いながらも、やはりマリ国ドゴン族の村に、区切りをつけるためにも行くことにしました。
ようやく日程も決まり、11月2日に日本出発、パリで乗換え、同日、マリの首都バマコに入る予定です。

今日は五反田にあるマリ大使館に先日申請したビザをもらいに行きました。住宅街の中にある小さな建物、国旗がなければ、誰にも分からない、感じです。



その後、ミーティングがある1時半まで時間があるので、行こうと思いながら行けなかった近くの庭園美術館に寄ってみようと思いつき行きました。



残念ながら、美術館は催し物なく閉まっていましたが庭園だけに入りました。200円。良い天気で、気持ちの良い庭園です。

マリ、ドゴン族の村へ  出発 1日目

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成田を出発。JALとは名が付いているが、全くのエア・フランス機。カミさんから頼まれていたJAL機内販売品も当然なし(帰りが純正JAL機なので帰りに期待)。
順調に、12時間の後パリに着き、ちょっと長い2時間をパリのシャルルドゴールで過ごし(飲食物が高い!)、無事、エアフランスAF0796のバマコ行きに乗りました。一番心配していた、日本からパリへの飛行機が遅れてバマコ行きに乗れない、と言う非常事態はとりあえずクリアしました。
写真はパリの空港のレストラン・

飛行機はぎっしりいっぱいです。一日一便とは言えこれだけの人が毎日パリからバマコに行く。

何の事件も起こらない平穏な5時間半、ずーっと「海辺のカフカ」を読んでいました。
もともと村上春樹のファンなのですが、そのずっと前、学生時代からカフカの狂信的(?)ファンなのです。確かに村上の小説を読んでいるとカフカの小説の前提の上に成り立っているとは思っていたのですが、それまでカフカの名前は村上の口から出てなかったし(私の知る限り)、それが突然「小説の題名」に現れたときちょっとした衝撃を受けて、この「海辺のカフカ」を読むことが出来ませんでした。しかし、既に出版されてから数年が経ち、この機会に読んでみようと思ったのです。

特別な事は何も起こらず、定刻とおりにバマコに着く、とのアナウンス。後ろの席の黒人のお兄さんが、親切にこの日本くんだりから一人来た年寄りの日本人に興味を持ち、車があるのでホテルまで送ってやるよ、などと声をかけてくれる。決して、やばそうな人ではないように見えて、好意に甘えてもよいのだが、我が相談相手Nさんがバマコに所有の宿屋、「LAFIA」から迎えが来ているはずなのだ。

預けた荷物を待つ。なかなか出てこない。シャルルドゴールで乗る時、「確かにあなたの荷物は載っていますよ」とわざわざ確認してくれたくらいだから、まさか載っていない、事はありえない、と信じるが、出てこない。
さっきの後ろの席の黒人青年が、「荷物はどうだ?」と声をかけてくれる。
「車ででも送るよ。迎えは来ているか?」
やばいなぁ、と思った頃、ぽつねんと出てきた。
(続く)

荷物は出てきたが・・・・・・ 1日目 

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やっと出てきた。何しろ無印の真っ黒いキャリアー付きバッグで、良く似たものはたくさんあるのだが、いらいらしている最中にポコリと出てきた。
通関は問題なく、出口からは屋根付きの細い道が出ていて、ロープで隔てられた、その両側にたくさんの人々が出迎えに来ている。あちこちで、挨拶とか、叫び声が聞こえて、こっちも両脇を良く見ながら、ゆっくりと進む。ここでLAFIAの出迎えのお兄さんに会えないと、面倒なことになる。この真っ暗い夜の中で、見知らぬタクシーを拾い、ひやひやしながらホテルまで行かなくてはならない羽目になってしまいます。

「いたっ」、右側に、私の名前を書いた紙を持った黒人が二人、ニコニコしながら、来る人ごとに顔を見ている。私は立ち止まって自分を指差しながら、笑いかけると、また一層ニコニコした反応があり、とにかくこの道の終わりまで来い、と言う感じ。
私から、キャリアの荷物を奪い、二人で歩き始め、私は付いて行く。

この写真は観光Webからの借り物です。自分では写真を撮る余裕がありませんでした。

かなり歩いた暗い所に車が置いてあって、中に入り、直ぐ出発と思いきや、一人はドライバー席に、一人はまた空港の方へ引き返して行った。
どうやらもう一組出迎えているようだ。
しばらく待つが帰ってこない。もう疲れて、「よー、早くホテルへ行こうよ」、と言いたいところじっと待っている。何となく不安になって来た。こいつら本物か?
我慢ならなくなってドライバーに英語で話しかけるが、全く通じない。うーん、こっちがフランス語が出来ないのがまずいのだが、頭に来る。

と、ドライバーの携帯に電話がかかって来て、「行くよ」って感じで、一人帰ってこないまま出発。すぐ、大きな高速道路レベルの道に出て来て、かなりのスピードで走る。やれやれ、・・・・と、思うまもなく、また電話がかかって来て、終わるや否や道路の脇に止めてしまった。
おーい、俺はつかれているんだ。18時間じゃなくって、それより以前5時間前に起きて一目散にここまで来ているのだから、早く、ホテルへ行けー!と思うのだが、どうしようもない。また、何かを待つ。ドライバーとは意思疎通できなくて、何が起こっているのか分からない。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



猛烈なスピードでホテルへ 1日目 

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結局、もう一人の彼はしばらくしてミニバンのような車に乗ってやって来た。ミニバンには若い西洋人のカップルがいて、彼はミニバンから我々の車に移って、「さあ、行こう。」ってな感じで、車は再び出発する。
ハイウェイ的な道を猛烈なスピードで突っ走る。私は暗い風景をぼんやりながめながら、事故起こすなよー、と心で念じながら、とにかく寝床につけそうなので、やっと安心できた。

暗い町並みを通り抜け、閉じた門の前で止まる。
中に入る。そのまま同道してきたお兄ちゃんが案内してくれる。門から続く小さな中庭を通り、建物の扉が開き、部屋に入る。
もちろんいわゆる立派な部屋ではない、でも、価格帯からしてエアコンはないものの、蚊帳つきのベッドが鎮座し、ソファセットがあり、上で扇風機が回り、シーツも清潔そう、何も問題ない。





しかも、シャワー・トイレルームは通路を挟んで部屋のドアのまん前。
まず、蚊取りスプレーを部屋にまき、電気蚊取り器をつけ、(電気式にイマイチ信頼感が無くて)キンチョウの蚊取り線香も付け、良く観察するが、部屋に蚊はいないようだ。マラリアには細心の注意を払う(部屋を出て、真ん前のシャワールームに行く1mの通路に蚊がいる。シャワールームは独特の薬草の匂いがして、蚊への対策が感じられる。)。
さっさと水のシャワーを浴びて、成田で買ってきたウィスキーを飲んで寝る。

あけましておめでとうございます。 2009年お正月

JUGEMテーマ:旅行

あけましておめでとうございます。

とうとう年が明けてしまいました。
このブログなどとっくの昔に終了していなければならないのに、結局まだ多分4分の1くらいが残っています。むやみに何故かしら忙しく、プラス怠惰です。
が、新年のご挨拶です。

単に今の状況と希望を述べただけですね。どこか良い木を一本、誰か貸してくれたらなぁ、などと夢想しています。

9日目 Α.皀廛措遊:アダマの食事代の秘密がわかった。

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朝起きて、今日は一日、モプティの見物である。基本的にこの川の中に島などがあり、この川で遊ぶのと、陸側のいわゆる町をぶらぶら観光する、コースらしい。


これは貸切のボートである。最初から観光代に入っていた。

貸切のボートに乗る、川の中に、いろいろな島や、ある岸辺からの村などがある。
動物園もある、って言っても、これはひどい代物だった。
まあ、川をうろうろ行ったり来たり、島に上がって村を見たり、まあ、それなりにのんびりして、悪くはない。


かなりかわいい島。

町ものんびり散歩する。例の泥のモスクもたくさんある。
川から見れるのもある、まあ、モスクなので当然たくさんあって、みんなやはり似たデザインだ。

新しそうなモスクが町にはある、当然ですね。



どこでも夕焼けがあり、美しい、これはある島での夕日、そろそろ帰ります。

夜ご飯は、港近くの新しいレストランで、アダマは「前来た時はなかった。」と言い、そこに行ってみよう、との事でした(Cafe Bissap=葉と言う意味らしいです)。

こぎれいなレストランで、それなりのパスタ系の食事をし、アダマはいつも現地食を食べ、一つ強烈なのはアルコールではない、と言いながら飲んだジュースが強烈だった事、なんて表現してよいかわからないが、強烈な刺激を与えるノンアルコール飲料、を飲んだ。

で、食事後の請求書がテーブルに来たとき、アダマが、ショックを受けていた、つまり、アダマが食べたものも請求書に載っていたらしい。

それまで、いつも不思議に思っていたのだが、食事をしても、請求書は私の分だけで、一緒に食べるアダマの分は載っていない。

つまり、ガイドの食事代は常に、そのお客の勘定の中に織り込まれている、のが当たり前のシステムだったのだ、が、この時は、新しいレストランだという理由かどうかわからないが、別にアダマの分も数字になって、請求されてしまったのである。

アダマはしばらく驚き、嘆いていたが、「わかった、払うよ。」と悔しそうに言い放ったので、「いいよ、俺が払っておく。」と窮地を救ってやった。
私にしては大した金額ではないが、彼にとっては、かなりの痛手だったのです。


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