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  • 2009.07.11 Saturday
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マリのドゴン族の村に行くことにしました

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数年前から、頭にこびりつき始めた、アフリカ、マリ国、ドゴン族の村に、やはり、行くことにしました。
60歳になって退職し、いろいろ迷いながらも、やはりマリ国ドゴン族の村に、区切りをつけるためにも行くことにしました。
ようやく日程も決まり、11月2日に日本出発、パリで乗換え、同日、マリの首都バマコに入る予定です。

今日は五反田にあるマリ大使館に先日申請したビザをもらいに行きました。住宅街の中にある小さな建物、国旗がなければ、誰にも分からない、感じです。



その後、ミーティングがある1時半まで時間があるので、行こうと思いながら行けなかった近くの庭園美術館に寄ってみようと思いつき行きました。



残念ながら、美術館は催し物なく閉まっていましたが庭園だけに入りました。200円。良い天気で、気持ちの良い庭園です。

ドゴン族の神話

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ドゴン族が世界的に?一躍浮かび上がってきたのは、フランスの研究からです。
(ドゴン族の神話の概要)
そこで出版された、有名な本が二冊。



「青い狐」ドゴンの宇宙哲学
「水の神」ドゴン族の神話的世界
両方とも、フランスの学者が書いた調査に基づくドゴン族の神話世界です。


                    象徴的な図柄

実は全部は読んでいません。でも、かじり読みでも、魅力的です。

                    うさぎの仮面

本の時代は1960年頃です。
今ではかなりイスラム化が進んでいるそうですが(これは間違いでした、大きな神話の下で生活していました)、まだまだ村々をトレッキングする小旅行は盛んです。

ドゴン族の村へ:トグナ Toguna と言う会議施設

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今度のマリへの旅行では、日本在住の女性で、マリに小さなホテルを開いている女性の紹介で、トグナ・アドベンチャーと言う、アメリカ女性がマリの首都バマコで開いている旅行代理店にお願いしましたが、そのトグナ Toguna とはドゴン族特有の会議施設です。



写真(観光ブログから流用です)では分かりにくくいですが、天井の低い会議施設で、ここでは立ち上がる事はできません。つまり、激昂して喧嘩腰にならないように、この施設で会議を行うわけです。


2007年のアフリカバージョンの年賀状です

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2007年のアフリカバージョンの年賀状です。



まあまあ、と思いますが、どうでしょうか?上の列は、全てお土産で買ってきたものです。

マリへの最初の関わり・・・25年前

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マリという国を最初に覚えたのは、1982年、もう25年も前のことでした。
その頃、ある自動車会社の、海外広告宣伝グループにいた私は、ナイジェリアでキャンペーンを行うために、パリからナイジェリアの首都ラゴスへ向いました。更に、ナイジェリアから横っ飛びにコートジボワール(アイボリコースト)へ行き、アフリカ地区の各国の販売店を集めて、ディストリビューター・コンベンションを行い、帰りにヨーロッパに数カ国に寄って、打ち合わせをする、と言う約40日間のかなり長い海外出張に出かけました。
最初、エア・フランスだと思いますが、広告宣伝会社A社のO氏と二人で、パリから、ナイジェリアの首都ラゴスへ飛びました。あまり大きな飛行機ではなかったと思います。
しばらくして、O氏はいつもの調子で近くにいたいかにもパリジェンヌらしい、多分20歳前の二人の女の子と、英語で話を始め、結構盛り上がっていました。
彼女達は、数年間、マリ(昔はフランスの植民地でした)で看護婦として奉仕活動(?)を行うのだ、との事でした。



そして飛行機はマリのバマコに着陸し、彼女達は降りて行きました。
上から見ていると、マリは、バマコは、殺伐としていて、O氏はため息のように、「こんなところで、あんなかわいい女の子が、2年も、3年も、働くなんて、もったいない。」と洩らしていました。
確かに、何となく、日本ではありそうもない状況に、ポケーっと、降りてゆく二人を見送った事を覚えています。
その時はもちろん特別の感情をマリに持っていたわけではありませんでした。でも、その時、マリという国の名前を覚えたはずです。


旅行の日程計画

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日程はかなり迷いました。年を考えたり、帰りにチェコのプラハに寄れないかと考えたり、プラハが無理ならパリで数日間はどうか、鉄道の移動はどうか、とかちょっと考えすぎですが、N嬢に相談しながら、何とか決めました。
総日程は実働17日間、内マリは12日間。マリからパリへ付いたら2-3日パリをうろうろする計画にしました。
日本発は
成田を09:35発のJL5053(JALと名は付いていますが、エア・フランスとのコードシェア便です。)
パリ・シャルルドゴール着、14:20
シャルルドゴール発、 16:40
マリ・バマコ着、 21:20
と言う旅程。大体18時間程度で成田からバマコに着ける計算です。

早朝5:25の電車でJR南武線から、小田急を乗り継ぎ、新宿経由、東京でイクスプレス1号に乗り、成田着07:29。

早朝、カミさんの軽い「気をつけてね。」と言う言葉を背に出かけました。

1日目:日本発、パリ経由バマコ着
2日目:バマコ
3日目:バマコ発−セグー着(長距離バス=235Km)
4日目:セグー発−ジュンネ着(長距離バス+乗り合いタクシー=ブッシュタクシー=330Km)
5日目:ジュンネ(世界遺産の世界最大の泥のモスクと狂騒の月曜マーケット
6日目:ジュンネ発−セバレ経由−バンディアガラ着(ブッシュタクシー)=180Km
7日目:バンディアガラ発−ノンボリ着(ドゴンの国です;ここは自然と文化の二重の世界遺産です、)(ハイヤー+徒歩
8日目:ノンボリ−ティレリ着:(徒歩
9日目:ティレリ−アマニ−イレリ(徒歩
10日目:イレリ−サンガ−バンディアガラ−モプティ(徒歩+ハイヤー+ブッシュタクシー)
11日目:モプティ
12日目:モプティ−バマコ (長距離バス=640Km)
13日目:バマコ 深夜23:50バマコ発−パリへ
14日目:早朝パリ着(6:20)
15日目:パリ
16日目:パリ発(16:45)
17日目:成田着

もちろんハイライトはバンディアガラから始まる3泊4日のドゴンカントリーのトレッキングです。


マリ、ドゴン族の村へ  出発 1日目

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成田を出発。JALとは名が付いているが、全くのエア・フランス機。カミさんから頼まれていたJAL機内販売品も当然なし(帰りが純正JAL機なので帰りに期待)。
順調に、12時間の後パリに着き、ちょっと長い2時間をパリのシャルルドゴールで過ごし(飲食物が高い!)、無事、エアフランスAF0796のバマコ行きに乗りました。一番心配していた、日本からパリへの飛行機が遅れてバマコ行きに乗れない、と言う非常事態はとりあえずクリアしました。
写真はパリの空港のレストラン・

飛行機はぎっしりいっぱいです。一日一便とは言えこれだけの人が毎日パリからバマコに行く。

何の事件も起こらない平穏な5時間半、ずーっと「海辺のカフカ」を読んでいました。
もともと村上春樹のファンなのですが、そのずっと前、学生時代からカフカの狂信的(?)ファンなのです。確かに村上の小説を読んでいるとカフカの小説の前提の上に成り立っているとは思っていたのですが、それまでカフカの名前は村上の口から出てなかったし(私の知る限り)、それが突然「小説の題名」に現れたときちょっとした衝撃を受けて、この「海辺のカフカ」を読むことが出来ませんでした。しかし、既に出版されてから数年が経ち、この機会に読んでみようと思ったのです。

特別な事は何も起こらず、定刻とおりにバマコに着く、とのアナウンス。後ろの席の黒人のお兄さんが、親切にこの日本くんだりから一人来た年寄りの日本人に興味を持ち、車があるのでホテルまで送ってやるよ、などと声をかけてくれる。決して、やばそうな人ではないように見えて、好意に甘えてもよいのだが、我が相談相手Nさんがバマコに所有の宿屋、「LAFIA」から迎えが来ているはずなのだ。

預けた荷物を待つ。なかなか出てこない。シャルルドゴールで乗る時、「確かにあなたの荷物は載っていますよ」とわざわざ確認してくれたくらいだから、まさか載っていない、事はありえない、と信じるが、出てこない。
さっきの後ろの席の黒人青年が、「荷物はどうだ?」と声をかけてくれる。
「車ででも送るよ。迎えは来ているか?」
やばいなぁ、と思った頃、ぽつねんと出てきた。
(続く)

荷物は出てきたが・・・・・・ 1日目 

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やっと出てきた。何しろ無印の真っ黒いキャリアー付きバッグで、良く似たものはたくさんあるのだが、いらいらしている最中にポコリと出てきた。
通関は問題なく、出口からは屋根付きの細い道が出ていて、ロープで隔てられた、その両側にたくさんの人々が出迎えに来ている。あちこちで、挨拶とか、叫び声が聞こえて、こっちも両脇を良く見ながら、ゆっくりと進む。ここでLAFIAの出迎えのお兄さんに会えないと、面倒なことになる。この真っ暗い夜の中で、見知らぬタクシーを拾い、ひやひやしながらホテルまで行かなくてはならない羽目になってしまいます。

「いたっ」、右側に、私の名前を書いた紙を持った黒人が二人、ニコニコしながら、来る人ごとに顔を見ている。私は立ち止まって自分を指差しながら、笑いかけると、また一層ニコニコした反応があり、とにかくこの道の終わりまで来い、と言う感じ。
私から、キャリアの荷物を奪い、二人で歩き始め、私は付いて行く。

この写真は観光Webからの借り物です。自分では写真を撮る余裕がありませんでした。

かなり歩いた暗い所に車が置いてあって、中に入り、直ぐ出発と思いきや、一人はドライバー席に、一人はまた空港の方へ引き返して行った。
どうやらもう一組出迎えているようだ。
しばらく待つが帰ってこない。もう疲れて、「よー、早くホテルへ行こうよ」、と言いたいところじっと待っている。何となく不安になって来た。こいつら本物か?
我慢ならなくなってドライバーに英語で話しかけるが、全く通じない。うーん、こっちがフランス語が出来ないのがまずいのだが、頭に来る。

と、ドライバーの携帯に電話がかかって来て、「行くよ」って感じで、一人帰ってこないまま出発。すぐ、大きな高速道路レベルの道に出て来て、かなりのスピードで走る。やれやれ、・・・・と、思うまもなく、また電話がかかって来て、終わるや否や道路の脇に止めてしまった。
おーい、俺はつかれているんだ。18時間じゃなくって、それより以前5時間前に起きて一目散にここまで来ているのだから、早く、ホテルへ行けー!と思うのだが、どうしようもない。また、何かを待つ。ドライバーとは意思疎通できなくて、何が起こっているのか分からない。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



猛烈なスピードでホテルへ 1日目 

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結局、もう一人の彼はしばらくしてミニバンのような車に乗ってやって来た。ミニバンには若い西洋人のカップルがいて、彼はミニバンから我々の車に移って、「さあ、行こう。」ってな感じで、車は再び出発する。
ハイウェイ的な道を猛烈なスピードで突っ走る。私は暗い風景をぼんやりながめながら、事故起こすなよー、と心で念じながら、とにかく寝床につけそうなので、やっと安心できた。

暗い町並みを通り抜け、閉じた門の前で止まる。
中に入る。そのまま同道してきたお兄ちゃんが案内してくれる。門から続く小さな中庭を通り、建物の扉が開き、部屋に入る。
もちろんいわゆる立派な部屋ではない、でも、価格帯からしてエアコンはないものの、蚊帳つきのベッドが鎮座し、ソファセットがあり、上で扇風機が回り、シーツも清潔そう、何も問題ない。





しかも、シャワー・トイレルームは通路を挟んで部屋のドアのまん前。
まず、蚊取りスプレーを部屋にまき、電気蚊取り器をつけ、(電気式にイマイチ信頼感が無くて)キンチョウの蚊取り線香も付け、良く観察するが、部屋に蚊はいないようだ。マラリアには細心の注意を払う(部屋を出て、真ん前のシャワールームに行く1mの通路に蚊がいる。シャワールームは独特の薬草の匂いがして、蚊への対策が感じられる。)。
さっさと水のシャワーを浴びて、成田で買ってきたウィスキーを飲んで寝る。

初めての、バマコの朝 2日目 

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今日は1日バマコでの生活。いろいろ用事もあるので効率的に。
1.洗濯
  明日から出発なので洗濯しておく。
2.トグナ・トラベルエージェンシーへの支払い
  トグナにはまだ一銭も払っていないので、本日全額を払っておかなければならない
3.インタネット・カフェを探しておくこと
  取あえず、日本の家族には無事到着を連絡したい
4.国立博物館の見学をすませておきたい
  帰って来た時にもチャンスがあるが、今日見学を済ませておきたい
5.バマコの駅を見ておきたい
  なかなか趣のある国際列車駅を見学しておきたい
6.市場の見学
  規模が大きいと聞いている市場を歩いておく:どこでも市場を歩くのは楽しい
7.明日早朝の出発のための準備
  当然必要

朝起きると、まず体温を計る。37.0度、ちょっと高めです。マラリアになると体温が上がるので、毎日計って、変化を知っておく必要があります。
シャワーを浴び、歯を磨き、取あえず、外に出る。

昨夜は暗くて良くわからなかったが、感じの良い中庭です。

白いピラミッド状は蚊帳で、ここの従業者が、涼しい外でまだ寝ています。


昨日迎えに来てくれた若いおにいちゃん、セィドゥがいる。彼は、宿のオーナーで日本在住のN嬢が言うには、「正に正直人間」「ドゴン出身」「信頼している」「セイドゥをよろしく」、なので基本的に信用することにする。

「ブレックファースト?」と聞くので「イエス、プリーズ」。

小さなテーブルと椅子を用意してくれる。

テーブルと椅子。背景の右手が部屋に通じるドア、左手の窓は私の部屋の窓です。扉を開けて入ると直ぐ左手に私の部屋があります。

シンプルな朝食、コーヒーとパンとバター。

必要十分な朝食。パンは、かってフランス植民地だったので、問題なくおいしい。


旅行代理店へ支払いと換金に行く 2日目 

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そらから次は洗濯だ。
洗面所には「壊れる可能性があるので、外のバケツで洗濯してください。」と言うような事が書いてあるので、外に行く。
おいてあるバケツを使い、外にある蛇口から水を入れる。極く普通に洗濯して(洗剤は日本から持って来ている)、中庭に張ってあるロープに引っ掛ける。極めて、普通である。
まだ、早いので、ロープはたっぷり空いている。
その前にここのマネジャーであるボクンに話して、トグナの女社長に連絡して、金を払いに行くが何時が都合が良いか聞いてもらう。10時半ころ、OKとの事で、セイドゥに同道してもらって会社を訪問する事にした。
セイドゥが先にたって門を出て、10mくらいで大通りに出て、向かい側にたむろしているタクシー群に近づき、一人と交渉している。交渉成立で、ぼろっちぃプジョー(何しろ植民地以降フランスの影響下にある)に乗り込みスタート。
宿近くのロータリー。

大変な混雑です。

15分くらい走って、大通りから中に入り、大変なでこぼこ道を、よいこらしょ、と進む。そろそろその先は畑というエンドで止まり、塀で囲まれた門の前に進む。
塀の中は別世界だ。殺風景な外の風景に比べ、緑があふれ、水が周りを取り囲み、そんな広くはないが、快適なオフィスが広がる。
派手な、ちょっと想像と異なる中年(過ぎ)の、元気な、声の大きい、派手めな、小太りの、白人、金髪女性が満面の笑みを浮かべて迎えてくれる。
支払ったお金は約束の1172ユーロ、(日本円で約17万5千円)。英語が出来るガイド一人、宿泊代、交通費(殆どが公共輸送のバスなど、これで、もし四駆車を借りると、一人なので超高価、多分30−40万円クラス、になる)、ドゴンダンス1回、ニジェール川遊び1回、夕食、など含む。その他の食費、水、雑費、などは別。若者がひとつひとつ交渉で値切りながら行くと、とてつもなく安くなるだろうが、年を考え、制限ある日程を考えると、こういうやり方になります。これで他のエージェンシーと比較すると内容が明確で、しかもやや安価。
ついでに、手持ちの620ユーロをCFA(セーファ)に替えてもらう(39万CFA)。約9万円、これで明日からバマコに帰ってくるまでの約11日間の費用をまかなう。そんなに使うつもりは無いが、途中気に入った場所に寄るかも知れず、またマラリアを疑う事があると、それなりに現金は必要です(カードはほぼ使えない)。
余れば、またここで同じレートでユーロに替えてくれる、良心的だ。


国立博物館へ 2日目 

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帰り、セィドゥはタクシーを拾ってきて、当然宿に帰ろうとするので、「ちょっと待て、このまま国立博物館に行けるか?」と聞く(セィドゥは簡単な英語は分かり、話せる)。
「OK」といいながら運ちゃんと交渉し、出発。

宿からは反対側の街のはずれ加減に博物館はある。かなり広い敷地、緑がいっぱいできちんと手入れがされている。セィドゥが切符を買ってくれる。うーん、何か変だ。一人2500CFAなのに、合計3000CFAしか取られない。セィドゥに聞いても何か要を得ない(結局後で分かったのだが、外国人は2500、自国民は500なのです)。

なかなか気持ちよい空間が広がる。



主として仮面とか、織物などの美術品が並ぶ。後で聞くと、罰金ものらしかったのだが、展示品の写真を取ったりした。
やはり仮面がかっこよい。





外では、学生らしいのが演奏の準備をしていたり、ジュンネのモスクの模型があったり・・・、まあ、楽しい。



セィドゥの写真も撮ったけれど、逆光だと、全く顔が分からない。



帰りはセィドゥとぶらぶら歩いて帰った。




インターネット・ショップへ: 2日目

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ぶらぶら歩きながら帰って、別れ際セィドゥに「インターネット・ショップはどこにある
の?」と聞くと、出て、向こうに渡って、最初の道を右に行くとある。」との事なので、
荷物をおろして直ぐ出かけた。
が、わからない。そんな店があるように思えない。場所としては間違っていないと思うの
だが・・。

「わからないよ。」早速、宿の仕事をしているセィドゥに言うと、無表情に歩き出し、ま
あ、連れて行ってやる、という事だろう。

確かに場所は私が探した辺りだが、なるほど、ちょっと引っ込んで普通の家と思った建物
がそうだった。
「メッシー・ボクー」とセィドゥに言い残して、早速入る。
パソコンが10台ほどあって、2−3の空きがある。金をまず払う。1時間500CFA=
約110円くらい、かなり安い。

やはり、日本語での表示もできなく、当然日本語は使えない。ローマ字で「無事到着」の
メールをカミさんに送る。息子にも。
かなり速い。特別のストレスは感じない速さなので、少し驚く。

Bamako desu.
Genki desu.
nakanaka Kaiteki desu.


お腹がすいた、朝のコーヒーとフランスパンだけだから・・・。しかし、いったい何を食
べれば良いのか・・・・?最も安全な道を選びたい。何しろ明日から、地方へ出るので、
もしもバスの中で下痢などし始めたら、一体どうすれば良いのか?バスを止めてもらっ
て、乗客みんなのイライラした目を受けながら土漠の潅木の向こうで処理するのか?
想像するだに、おそろしい。

近くに中華レストランがあるのは確認していた。今日はココだな・・・・。

宿のLAFIAから大通りに出ると直ぐにある。ここの黒人のウェイトレスの悠々としたモデル歩きには感心した。なかなか美人の黒人なのだが、全く客を無視したスタイルは驚嘆ものである。


チャーハン (2250CFA=450円+)
ビール小瓶 2本 (1400CFA=280円+)

中華レストランとは・・ちょっと軟弱だが、まあ、安全第一。



夕方近くにガイドが来た 2日目 

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バマコの位置関係(N嬢のサイトのものを加工



夕方近くに、明日からのガイドが挨拶に来た。
会うか?と、聞かれて、「もちろん」、部屋から中庭に出ると、ニコニコした
黒人がいました。
軽く握手をして、軽く自己紹介を受けて、こちらもニコニコ、明日から二人旅、
チョンボなガイドだと旅が危うくなるし、仲良くしなければ楽しくなくなる、
と言う重要人物です。このLAFIAの女主人N嬢からも、ガイドとの相性が
気がかり、的なコメントをもらっている。なかなか感じは良い、と一安心。
名前は「アダマ」(最初「アダム」と思って、西洋人みたいだな、と)。
明日、7時に迎えに来る、と約束した。

今日使った金は大体以下の通りです。

1ユーロ= 656CFA(セーファ)の固定レートです。最近のユーロ高で
150円=1ユーロの場合、1CFA=0.23円となります。でも大体0.2円
として、ラフには、CFAを10で割って、2をかける、で簡易計算していました。
つまり、1000CFAならば、100x2=200円、という調子です。

LAFIAへの支払い:3泊(2泊は先払い)+出迎え:40000CFA=
8000円
タクシー:2回:1300CFAx2=2600CFA=520円
LAFIAの朝食:500CFA=100円
ビール:大瓶1本:850CFA=170円
水:1リッター:500CFA=100円
ランチ;チャーハン、ビール小瓶2本:3650CFA=730円
インターネット:500CFA/1時間:500CFA=100円
博物館:3000CFA=600円
プラスセィドゥへのチップなど:2000CFA=400円
合計 10720円くらい

さあ、いよいよ地方へ出発 3日目 

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さて、地方への支度ではちょっと悩んだ。
ここに来るまで、2つのバッグを持ってきた。一つはリュックにもなる緑のバッグ、大体はこれ一つで旅行は終われるはず、前のスペイン旅行ではこれ一つだった、が、今回は最後に買った大物、蚊帳があり、どうしても一つでは無理になったので、仕事での出張ではいつも使っていた無印良品の真っ黒いキャリアー付バッグ、も持って来た(こいつが飛行機からなかなか出てこなかった、どちらも一個だったら機内持込可能のバッグで、そのまま空港の外に出られる、事になっていたのだが・・・)
当然緑のバッグを背中に背負って地方へ出るのですが、やはり蚊帳のせいで一つには難しい、仕方ないので蚊帳は袋(何かの必要があるだろう、という事で近くのスーパー、サミットの特大袋を数枚持ってきている)に詰めて別とした。

アダマは、きちんと時間通りに来た。
それまでに、私は朝食(いつものコーヒー、フランスパン、バター)をとり、お腹の調子の万全を確認し、待ち構えていた。
彼、アダマは、乗ってきたタクシーを待たせていて、そのまま荷物を放り込んで、出発!!

相変わらずの朝の大変な混雑・・・。
 通勤ラッシュ、ですね。


ガイド無し、一人で行くことを考えていた頃、バスに乗ることがかなり難しいことのようなので、いろいろ経験談を読んで、シミュレーションしていたので、かなり覚えている、そのバス乗り場に、到着。
道路からちょっと中に入った閉ざされていたような広場を持つバス停です。

 広場に面する待合所。


 ちょっとだけあわただしいバス・ターミナル。

アダマは手に、チケットを持っている、昨日入手していたようだ。
いずれにしろ、今日はセグーまでのバス旅行と言う、比較的楽な行程だ(235km)。もし、ちょっと急ぎの日程ならば、一気にモプティまで(640km)行くのが普通だろう。

アダマの不始末 3日目 

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アダマはバスをチェックしてきて、「俺達が乗るのはこのバスだ。」と断言した。あと、数台があたりに止まっている。
そして、そのバスの前ドアの前に陣取った。先頭だった。そこに、手持ちのバッグを置き、バスへの乗車の案内を待ち受ける体制を整えた。
既に、バスの屋根の上では大きな荷物をその荷台に乗せていた。かなりの分量の荷物が、それは自転車もあれば、むちゃくちゃ大きい布袋とか、ダンボール箱とか、何でもが載せられてゆく。
「屋根の上の荷物は、他の町への商用の貨物で、乗客の荷物ではない。乗客の荷物はもっとあとで車体の下の荷物室に入れられる。が、間違っておろされる危険があるので、われわれの荷物はバスの中に持ち込む。」と解説してくれた。
また、チケットを見せながら「我々は5番目だ。」てな事を言う。

まだ、出発時刻といわれている時刻の20分ほど前である。
「ユーは朝食を食べたのか?」と聞くので、「ああ、LAFIAで食べたよ。」
「俺は食べていないので、ちょっと食べてきていいか?」「OKだよ。」
ということで、アダマはバスの前扉の位置から離れて、自分の荷物もそこに置いて、広場の入り口の方へ消えていった。

 屋根の上の方へカメラを向けると上の作業員からやめろ、と叫ばれた。

しばらくすると、乗客が後扉に集まりだした。ちょっと焦りながらもあたりを見渡し、アダマの姿を探す、が見当たらない。どうやら、乗車は前扉ではなく、後扉かららしい。
ヤバイと思い、アダマの荷物も一緒に持って後扉の人の輪の方へ移動した。何か係員が叫んでいるのだけれど、分かるわけもない。突然、思い出した、乗る順に名前を告げているのだ。もう、かなり進んでいる。もうすでに5番目に呼ばれたのだろうと思う。
と、やっとアダマが現れた。「どこに居たんだ?乗車が始まっている。」
「窓口の係員は定刻から乗り始めると言っていたのに、こんな早くとはおかしい。」
と、言っているが、完全にいい訳だ、こいつガイドのくせにバスの乗車作法も知らないのではないか、と最初の疑いが生じた。
ドンドン名前が呼ばれ、どんどん人が乗ってゆく、とっくの昔に呼ばれた我々の名前がでてくるはずもない。なのに、アダマはなすすべも無く、立っているだけ・・・「何とかしろよ。」うながすとようやく係の所に無理やり近づき、交渉し始めた、何とか乗る順になった。



中には既に8割がたの席が埋まり、通路には荷物が溢れ、しょうがないので離れ離れに、先に入った私は乗客のおばさんに導かれて(けっこう親切です)最後部席に一つ空いていたのでそこに、アダマは中ほどに席を取る。
要するに5番目に入っていれば、通路を挟んで並び、荷物もその間の通路に置くと言うベスト席を得られたのに、アダマの怠慢により、けっこうむちゃくちゃな席にしか座れない、と言う羽目になってしまった。
当然、かなり頭に来た。
客に荷物番までさせて、バスの乗車作法も知らず(?)、遅れて、ひどい席にしかつけなかったのだから、大失態である。
それはわかっているのに、アダマは、冷静を装っている。
このままではなめられる・・・・・と思うのは当然ですね。


バスの中は黒人一色  3日目 

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完全に満員で、更に乗客の荷物が床などに置かれているので、シンプルに歩ける状態ではない。(私の緑のバッグはアダマの近くの床に置いたのだが、その上からも何か重そうなにもつが置かれ、アダマに指差して、荷物を何とかしてくれと目で頼むと、ちゃんと下から掘り出して、重石のない状態にしてくれた。)



さすがに、私を除いて、全てが黒人である。他に、東洋人も、西洋人も、いない。なかなか爽快である。
バス停に止まるたびに物売りが入ってくる。前扉からも、後ろ扉からも。通路は歩けるような状態ではないが、無理やり足で隙間をこじ開け、侵入してくる。あるいは、リレー式に乗客が売り子から渡された荷物を次々に渡し、お金も次々に渡され、つり銭も次々に渡される、ひとつの乗客相互協力のルールがあるようだ。

たいしたトラブルもなく我々のバスは約3時間半でセグーに着く。狭い席で窮屈なのだけが問題だったが・・・。

直ちに、予約していたホテルに行く、構えはなかなかモダンに見える。
 上は屋上レストランでパラソルが見える。

早速、セグー観光 3日目 

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ホテルの部屋はこじんまりとはしているが、近代ホテルそのもので、エヤコン付き、快適です(部屋の内部写真が無い・・おかしいなぁ・・・)。
ホテルDjoliba(ジョリーバ?)、入り口を入ると直ぐに長いカウンターがあり、その3分の1がホテルフロント、残りがバーになっていて、便利。すぐにビール(フランス風でビエール)を頼んでしまう。

アダマは「これから直ぐにセグーを観光する事になっているが、行くか?或いは休むか?」と聞くので、「行くよ。」と答える。タクシーを捕まえて来て、出発。
どこに行くのか良く知らないが(後で予定表を見るとちゃんと書いてある、染物アトリエとマスクなどの展示場)、とにかく一緒に出かける。大体の日程は、どこかを巡って、ランチを取り、またどこかを巡って帰ってくる、というもの。ホテルの近くには船着場があり、近くで漁などもしていて、その辺の散策は帰ってからすれば良い、という感じです。
まずは有名な染物工場に行く、と言う。何も考えないで付いてゆく。

染料は主として植物から抽出し、干すのは裏の空き地です。


染物では、特有の基本的なシンボリックな模様があるのを知った。
一本の線、二本の線、ファミリーのマーク、交差点のマーク。

 小さな布に「X」の模様を染めてもらったのですが、ちょっと行方不明。


一本線は細い道、二本線は広い道、Xは道の交わっている場所、花模様はファミリーを示している、との事(少し記憶が曖昧ですが・・・)

この「X」の交差点のマークで聞いた話は、昔アメリカのブルースの話を聞いた時の、ブルースの根本的イメージの一つである「道の交わるところ」のコミュニケーションの場、についてのストーリーと同じだった。やはりこのブルースの話もアフリカにルーツを持っているのだ。この辺りを含めて西アフリカからは多くの黒人が奴隷としてアメリカに連れて行かれたが、この交差点の話を聞き、まさしくブルースへ、またジャズへ結びつくのを実感する。
道の交差点に薬草を置いておいて他の人の病気の治療に役立てる、或いはここに病気の人がいる事を記して、誰かがヘルプする、など、道の交わりは基本的な人の交わる所、関係しあう所のシンボルです。ブルースの根本的イメージ、道が交わる所。

染料工場の横にあったサッカーゲーム、有料だそうです、良く見かけます。




セグー:ランチ 3日目 

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染物屋終わって、ちょうどランチ時間。
タクシーを呼んで、あるレストランへ、どうやら知り合いらしい、良くあるパターンだけれども、別に悪くなければOKである。
まあ、まっとうなレベルのレストラン、ランチメニューで、ライスに肉の入った煮込み状のものをかけた最もポピュラーなメニュー。
悪くはないです。
壁には、ジュンネなどのタペストリーがかけてあって、テレビもある。
アダマも同じメニュー。
ビールも飲ませていただいていい気分。

 タペストリーはジュンネのモスクとどこかのモスク。


それから、次は、この街で年1回行われるお祭りで使うマスクや人形などを展示しているミュージアムに行く、との事である。
ニジェール川の畔にある。

ニジェール河は気持ちよい。


その畔にモスク風な建物がある。





なかなかの迫力、マスク、人形 3日目 

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このミュージアムはなかなか快適な場所にあって、フェスティバルで使うマスク、かぶりもの人形などを展示している。かなり、おもしろい。

屋外の展示と屋内の展示に分かれる。


かなりの迫力。


ちょっとこわい、かな。


かぶり人形がずらり。


マスク(?)です。


河を眺めながらの涼しい休憩所、気持ちよい。


また、タクシーを捕まえて(通りすがりは無く、携帯で一生懸命連絡していた)ホテルに帰り、アダマの言うには「本日の観光として、渡されている金はここまでである。他にも見るべきところはあるが、その場合はプラスの金を払ってもらう必要がある。」
と、言う事で、私は少々休憩する事とし、アダマは明日のバス、このセグーからジュンネに向うバスのチケットの確保に行くことになった、「さっさと行って、確保してくれ。」

私はそのままニジェール川のほとりに向う。セグーの紹介の写真には常に出てくる「ニジェール川のあるセグー」として、船とか漁とかの写真が使われる。
平和な風景です。





ぶらぶらしてホテルへ帰還。

これは!オールド・セグー、昔の王国がある 3日目 

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ホテル入り口のカウンターでまたもや「ビエール」と叫びながら、ビールを頼み、セグーについて余り勉強しなかった事を反省し、今更ながら、名だたる「Lonely planet(これは特に世界の辺境地区には有用な定評ある英語ガイドブック)=略称 ロンプラ」を読み始める。と言っても、この本は分厚くすべての西アフリカを網羅しているので、共通の重要な箇所と、マリのページだけをコピーして持って来ている。

西アフリカ編である。


泥の染物屋も、フェスティバルの仮面などのミュジアムもちゃんと書いてある。ジュンネ、とかドゴンだけに頭が行き、セグーを単に通過点と見ている不遜な考え方が、確かにある。「全ての過程が、旅である」、と誰かも言った、はずである。
染物屋では、アフリカから、ブルース、ジャズにつながる、クロスロードの概念を再認識したではないか・・・。

と、ピンとくる記述を発見した。

「歴史的な美しい村、セグー・コロ(コロとは古いと言う意)」
「18世紀の王国の跡」
バンバラ建築と古のモスク」

・・・これは行かなくてはいけないのではないか!?

アダマはいないけれど、ぐずぐずしていては夜になるので、カウンターのおじさんに聞く、「セグー・コロに行きたいが、どうすれば良いか?」で、彼がタクシー+ガイドを呼んでくれた。取あえず価格交渉。私がちょっと数字を見間違えていて、約2000CFAくらいと思ってしまっていたので、手配師が言った「2万CFA]には頭に来て、「2千」にしろ、などと叫んで話は決裂・・・後で気づいたが、既に手配師はいなくなっている・・・困ったなあと思っていると、明日のバス切符の手配から、アダマが帰ってきた。
「セグー・コロに行きたい。」・・と、アダマは早速今日良く使っていたタクシーを呼び出したが、そこに先ほどの手配師が登場してきて、アダマと大声で話している。
良くわからないが、結局、どうやら、何らかの取り分を手配師にやる事にしたようだ。
本当は、もっと値切って、安くする事は可能だと思ったが、どんどん暗くなるので、そこは涙を呑んで、2万CFA(4千円)で手を打ち(その時、あの手配師がニヤっと笑った!悔しい、奴の言い値で決まってしまった=奴はきっと1万5千−1万の間で決まると思っていたに違いない・・たかが千円の違いだが悔しい)、さっさと出発。

<本日の教訓1=旅に単なる通過点はない>
<本日の教訓2=数字は間違えるな>

美しい村・・・・・何てカッコ良いモスク・・・3日目 

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だんだんと暮れ始めている。街から9キロと言う村へ一目散。
「えっ、こんな所・・・?」と荒れた土地を見ているうちにいつの間にかタクシーは村に入っていった。

その辺をぶらぶらしている村人に運ちゃんが何か聞きながら、タクシーは村の中をゆっくり進む。
やがて、一本の木の下にタクシーが止まり、我々は降りる。
「まず、村長に会いに行って、礼金を渡して、許可を得る。」とアダマが言う。

そうして、村の中の迷路をぐるぐると回りながら、村長の家に着く。王家の子孫である。奥さんは三人いるとの事。



その一人の奥さんが家の門に出てくる、さすが、なかなかの美人だ。
我々は、奥に入り、かなり年老いた、正直言うとヨボヨボした老人にアダマより礼金を払い、握手をして入村の許可を得る。

村長の家を出て、すぐに村の中の大きな道に出会う。王朝時代は馬車が走っていたとの事、この道を見ると、王国の時代を信じる事ができる、立派な馬車道だ(馬はいたのか?)。

なんて立派な道だろう。


村の細い道を巡りながら、進む、時々アダマが解説を入れる。
「これは前の王様のお墓である。」
なかなか趣のあるお墓だ。



村の重要交差路には大きな木があった、だが、今は倒れ、でもその痕跡は残っている。



やがて偉大なる河、ニジェール川のほとりに近づいてゆく。



大きな、バオバブの木の周りで子供達が遊んでいる。




そして、このなんとも魅力的なモスクは何だ!おとぎの国のようだ。






夕暮れの美しい村 3日目 

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このモスクは小柄で、あの大きなバオバブの木のそばにある。
横からも、後からも、魅力的で、美しい。







河の方面は、どんどん暮れて行く。水辺の美しさも抜群だ。



アダマは向こうに見える大きな木の謂れについて、延々と話し始めた。王家と戦争と向こうに見える大きな木の物語である。



アダマの知識の豊富さは良くわかるが、私にとってはその歴史物語より、今ここで暮れて行く村の美しさ、河の美しさ、生活の美しさを味わう方がよほど大切なので、アダマが大声で説明している中、徐々に離れて、川辺の方に行く。
アダマは意地になって(?)、徐々に離れてゆく私に聞こえるように、段々と大声を張り上げ、最後は叫ぶように語りながら、決して止めようとはしなかった、ガイド魂の発揮ですね。
水辺でも、遠くで、(もはや誰に聞かせようとしているかは不明だが)ずーっと叫び続けているアダマの声が聞こえる。

心休まる、小さな村の川辺の夕暮れである。

そしてすっかり暮れてしまった。






セグーの夜:アダマを責める 3日目 

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我々はもうとっぷり暮れた頃、ホテルに到着した。

アダマは「夕食はランチを食べたところでどうだ?」と聞く、またお友達のところだな、と思ったが、「ホテルが良いよ。」と軽く断る。
このホテルの売り物は屋上に作ってあるピザ・レストランであるようだ。立派な(?)窯が出来ていて、ほぼピザ専門だ。ホテルの玄関の部分の屋上がレストランである。

昼間の写真ですが、屋上からパラソルがのぞいています。ここにピザのレストランがあります。


何しろ屋外なので、丁寧に蚊避けのスプレイをしっかりかけて・・・・。
私はピザにビール、アダマはスパゲッティ風(?)かな、上にかけるタイプの皿を注文し、酒は飲まない、モスレムだから。

少し落ち着いて、おもむろに切り出した。朝の彼の失態をついて、雇い主である私の威厳を示す事が必要だ、なめられたら、ずっとなめられるかも知れない。何しろ敵は12歳から外人相手のガイドをしていると言う超ベテランである。日本人は5−6年ぶりとの事で、大体欧米人の相手で、英語がしゃべれることで、幅は広いはず。大体において、欧米人は厳しく、日本人(或いはアジア人)は甘い、のが相場である、それは真実だ、それも日本人の特徴だし、良い所でも、悪いところでもある。

私が述べたのは、次の点である。
1.基本的にバスがいつから乗り始めるとか、前か後ろかなど基本がわかっていないのではないか?
2.朝食に行くのは良いが、バスの様子をいつも見られる範囲で食事すべきではないか?
3.客に荷物を預けて、遅れてしまうのはガイドとして失態である。
4.しかも、それをちゃんとは謝っていない。
一応うなずきながら、ところどころ謝りながら、自覚はしているようだ。

ちょっと食い散らかしていますが、ピザはちゃんとうまい。



「お前さんの親父は何歳だ?」と私が聞く。
「62−3歳になる。」
「俺はお前の親父と同じような年なのは知っているよな。もっとチャンと丁寧に扱え。」

「あなたが私に対して非常に気分を害しているのはわかった。わるかったと思う。今後は一切貴方の気分を害さないように十分注意する。」
と言うことで、一件落着となった。
欧米人相手が長いので、謝らないのかもしれないと思っていたが、けっこうすっきりと謝り、素直な反応だったので、安心した。これからも、楽しく旅が続けられそうだ。

突如、下の道を軍隊の格好をした大集団(もちろん5-6列で整然としている)が現れ、右から左へ、歩いて来た。もの凄く長い隊列だ。延々とその隊列は切れない。時間は計っていないが、2-30分、途切れない、まるでありの軍隊のように、後から後から続き、信じられないくらい長い間続いた。
「これは何だ?」
「軍隊の夜間の行進演習だろう。」

<本日の教訓・知識1>ピザはどこでも安心して食べられる食物である。
<本日の教訓・知識2>これまで接したマリ人から見て、うわさ通り、マリ人は温和で素直な人種のようである、とりあえず信用してよい。




愛を込めて・・・こいつが、「アダマ」、だ!

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こいつがアダマだ。


年は27歳、既にバツイチ、12歳頃から外人相手のガイドをして来た超ベテランガイド、強みは豊富な経験と、数が少ない英語ができるガイド(マリの共通語は以前の宗主国フランスのフランス語)、ドゴンに近いバンディアガラ出身、今付き合っている学生の彼女が居る。独立して旅行代理店を起こすべく努力中なるも、そう簡単には行かない、金がネックだ。
但し、後で知るが、かなり年式の新しい革張りシートのトヨタのランクル(ランドクルーザー<アフリカ、中近東などでは車の王者である>)とちょっと古めのメルセデス(これも一方の王者)、2台のオーナー、どうやってこれらの高級車を入手したのか不明。

何となく余裕のある風貌。自国マリを憂え、将来の豊かな生活に向って努力する男。
旅を終わってみると、まともに写っているアダマは、この写真だけ。


人当たりの良い親しげで丁寧な感触、ガイドのベテランとして当然いろいろコネを維持するためにも自分のコネをさりげなくオファーするが、基本的にまじめ、と言って良いだろう。
知識は豊富、英語も驚くほどきれい、但し、全てが耳から覚えた英語なので、時折変な発音で覚えている。例えば、「ヒーマン」と言うのが最初わからなかったが「ヒューマン」の事で、しかも彼はこの「ヒーマン」を「マン」「ウーマン」「パーソン」「ピープル」などの意で使う。また、耳英語なのでスペルは苦手、大体においてミス・スペル。
しかし、変な訛りの無い、聞きやすい英語を話す、かなり立派。ナイジェリアなどで聞くいわゆるピジン・イングリッシュ(現地語化して、殆ど何を言っているのか分からない、が英語だ)と比べるのは問題外だが、やはり驚くほど、きれいな英語と言える。

2週間以上、寝食を共にする重要人物です。アフリカの照りつける道路の真ん中とか草原の真ん中で離れられると最期である。


いよいよ、世界遺産、ジェンネへ向って 4日目

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さて、今日は、目的地の一つ、憧れの世界遺産ジェンネまでひた走らなければ(ひた走るのはバス、乗合タクシー、フェリーだが)、ならない。約580kmである。


セグーから一路モプティを目指し、途中のジェンネへの分かれ道でバスを降り、乗り合いタクシーに乗り換えて、西にひた走り、最後にフェリーに乗って川中のジュンネ着である。

世界一大きな泥のモスク(かなり範囲が限定的な世界一だが)がある街、アフリカが黄金郷と呼ばれた時代に、バニ川(ニジェール川の支流)の真ん中で、塩と金と物の交易で栄えた街、そのごちゃごちゃした迷路も楽しみの一つだ。もう一つ、超有名な月曜マーケットがある、だから殆どの観光客は月曜をジェンネに設定する。もちろん私も、東京発から、とりあえずジェンネの月曜に照準をあわせてスケジュールを組んでいる。
もっともサッと切り取る方法は、モプティに泊まり、朝一の観光バスに乗って、ジェンネに行って、市を見て、さっさと帰ってくる方法らしいが、もちろん、そのような姑息な(?)旅をするために来たのではない、日曜の夕方前にはジェンネに着いて、翌日月曜も一日中ジェンネに居て一泊する、と言う、しっかり味わうスケジュールである。

もちろん今回のバスで、バマコでのような失態は許されない。朝、きちっとバスターミナルに行く。バスを特定して、待合場所のベンチで待つ。

 給水塔が目立つバスターミナル。


この上から2番目の、9時発、モプティ行きに乗るのです。

モプティ行きは2本ある。

まあ、乗ってしまえば、バマコからと同様、スムースに行き着くと軽く考えていた。・・・これはちょっと甘い考えだったが・・・・。


どこでも停車ののんびりバス: 4日目 

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出発は約1時間遅れで10時頃出発。アダマによれば、バスをいっぱいにするために遅らせる常套手段、との事。アダマはかなり怒っている。

バスは正式なバス停以外にも、どこでも止まる。東南アジアなどでは良くあることだが、なんとなく「都市を結ぶ高速バス」、と思っていたので、ちょっと頭に来る。

うーむ、広い川だ。

バニ川を渡る。

バスから見る風景は乾いた土漠的な土地だ。遠くにバオバブも見える。



少々大きな町は正式なバス停で、物売りが来たり、ここからの交通機関だろう三輪車がたむろしていたり、時折下りて、体をほぐすためにもぶらぶら歩く。





とにかく、どこでも止まり、どこでも降ろす。
デレデレと走る。時折、突然止まる。バスの後方で何か作業していたり、故障か?

今回はスムースに乗ったのに、バス自体が何かしまりが無く、ちゃんと着くのかー??と不安になる。・・・が、どうしようもない。
アダマは「二度とこの会社のバスには乗らない。」と完全に頭にきている。
ちなみにバス会社は二大バス会社の一つ、「SOMATRA]、旅行の際の参考にしてください。







ジェンネへの分かれ道から西へまっすぐ 4日目

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いよいよジェンネへの分かれ道に来た。
左への道がジェンネへ通じる。

我々はここでバスから降りて、ブッシュタクシーと呼ばれる小型トラックの乗り合いタクシーに乗る。これの問題点は
.肇薀奪の荷台にぎゅうぎゅうに詰め込む。
運転手の金勘定が合う人数を載せるまで出発しない。
です。
だから、場合によっては半日以上も待たされる事がある、と言う恐ろしい非能率に出会うかもしれません。
バスをさっさと降りて、アダマは目指すタクシーに向かい、またさっさと乗って、他のお客を待つ。なかなか手際良い。
そして徐々に集まってくる。若い白人グループも来た、5-6人。そのうち、美貌で有名なフラニ族の子連れの若い夫婦が乗ってきた。噂にたがわぬ、美男美女(フラニに中でもすごいかも)である、うーむ、写真撮りたいが、ちょっとずうずうしすぎる気がして、また皆の前で拒否されるのも嫌で、写真なし。両者とも整った顔、長いまつげ、もちろん黒いが、美男美女には違いない。見とれるほどだ。
多分30−40分ほどだと思うが、やっと出発、超順調である。
ひたすらまっすぐ西へ走る。
川に当たる。
フェリーを待つ。
だんだんとジェンネに近づいている感覚が出てくる。
あの、壮大な泥のモスクにもうすぐ出会える、ちょっと興奮気味です。

右の車が我々のブッシュタクシーです。そのオンボロサは如何にアフリカとは言え、かなりなレベルです。

このタクシーは、驚異的なぼろぼろ車である。大昔のフランス車、走るのが不思議なほどのボロボロ車、しかし、走れば車である、歩く何十倍も早く、とにかく走るのは偉い。

向こう岸へ、短い距離です。
すぐ向こう岸は見えてきます。

そして、車が、あのボロボロの車が降ろされるのを待ちます。



そして憧れの大泥モスク 4日目 

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そして、しばらく走って、ようやく夕方の大モスクの前に到着した。
ううーん、しばらく感動、ようやくここまで来たか、と言う感激が湧き出してくる。
 このモスクを実際に見る事ができるなんて。


ちょっと不思議な気分、本当にここにいる、感触は・・生ぬるい感覚だ。
明日の月曜日が、超有名な狂騒の大マーケットになるのだが、今は、まだその嵐の前の静けさ、と言う雰囲気である。
 まだまだ空っぽの広場です。


しばらく、ボーっと、モスクを眺めたり、まばらなマーケットの広場を見たり、その奥にあるジェンネの町並みを見たり・・・・。
 明日のために来たのか・・・?。


 少し荒れたジェンネの町並みからモスクを見る。


朝、朝日が当たるモスクが美しい 4日目 

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翌朝、朝早くから目が覚めてしまったので、ふらふらと出かける。
強烈な朝日がそこら中を覆い、まぶしい。
 強烈な朝日に、モスクが聳え立つ。

そろそろとこれからのマーケットのための準備が始まる。まだ、暗いうちから、続々と遠くから、近くから、売主が集まってくる。
まだまだ、マーケットの準備は始まったばかり。

モスクが美しい。昔はモスレムでなくても中に入る事が出来たのですが、ある年、イタリア(?)のファッション組織がここでファッションショウを開き、その時、裸なのか忘れましたがトラブルを起こし、以後、モスレム以外は入れなくなってしまいました、残念ですね。
ただ、朝、散歩していると、声がかかりました、「モスクの中に入れるよ。」、ちょっと考えたのですが、やばそうなので、無視して通り過ぎました。
強烈な陰影が美しい。

この壁に突き刺さった棒は、もちろんデザインでもあるのですが、機能的には、年一回泥が塗り替えられる時の、足場になるのです。この年一回のイベントも大変な人気で、何時行なうかは複雑な決め事があってなかなか早期に決まらず、1月だとか、4月だとか、旅行日程に組むのはかなりむずかしい。
この角度はけっこう好きですね。


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